タンパク質の安定化と水和水の役割

私たちの体内では、分子レベルの種々の自己組織化や秩序構造形成が自発的に起こり、それが私たちの生命活動を維持しています。
生体分子が引き起こす自己組織化や秩序構造形成の過程は、大幅なエントロピー損失を伴います。
しかし、これは生体分子のみを眺めた場合の話であり、生命現象を正しく理解するためには、周囲の水の役割を考慮することが非常に重要となります。
Importance of water entropy in rotation mechanism of F1-ATPase
Biophysics (Nagoya-shi). 2011 Nov 18:7:113-122.doi: 10.2142/biophysics.7.113.
生命現象発現における水の並進エントロピーの重要性
生物物理 vol.46, no.4, pp.214-219, 2006
テラヘルツ分光による水和状態解析とタンパク質の安定化における水和水の役割
生物物理 vol.64, no.6, pp.299-302, 2024
排除容積効果と水の並進エントロピー

水中にタンパク質が存在すると、水分子の重心が入れない排除空間が存在します。
排除空間の容積が大きいほど、水分子の移動できる空間が少ないので、水のエントロピー損失が大きくなります。
エントロピーについては、関連記事をご参照ください ↓
タンパク質が折り畳むと排除空間のオーバーラップが起こり、排除容積が減少します。
この排除容積効果によって、水分子の並進エントロピーが増加するため、タンパク質は天然構造では折り畳みをとっています。
この排除容積の変化は、タンパク質表面近傍の水分子だけでなく表面から離れた水分子にも影響が及ぶため、影響を受けた水分子の数が非常に多いため、水の並進エントロピー利得は非常に大きくなります。
タンパク質の折り畳みに伴う自由エネルギー変化・構造エントロピー変化は共に負であり、水の並進エントロピー増加によって駆動されると考えられます。
タンパク質の折り畳み構造

Physical pictures of rotation mechanisms of F1- and V1-ATPases: Leading roles of translational, configurational entropy of water
Front Mol Biosci. 2023 Jun 9:10:1159603. doi: 10.3389/fmolb.2023.1159603
タンパク質は多くのアミノ酸がペプチド結合してできた鎖状高分子であり、折り畳み構造変化には膨大な構造エントロピー損失を伴います。
α ヘリックス構造形成は、主鎖のヘリカル構造形成と側鎖の接触によって水分子に対する排除容積を大幅に減少させ、分子内水素結合も確保することができる格好の構造形成です。
同様のことが、複数の主鎖の側面での接触と側鎖の接触を伴い、分子内水素結合を確保できる β シート構造形成にも当てはまります。
側鎖のパッキングもまた、排除容積の減少につながり、そして水のエントロピー増加につながります。
水和とタンパク質の安定化

細胞には小器官があり、核酸、タンパク質、脂質、糖質などの様々な高分子が細胞膜の中にしっかりと詰まっています。
水は、細胞内に最も多く存在する分子であり、細胞全体の約70%を占めています。
細胞内の水分子は親水性表面から数ナノメートルの距離にあり、その多くは界面に存在して溶質を排除するという特徴を持っているため、EZ水(Exclusion Zone Water)と呼ばれています。
この水は特定の化学的・物理的特性を持っており、バルクの水(普通の水)よりも粘度が高く、より安定した構造をとり、分子運動性はより制限されています。
EZ水については、関連記事をご参照ください ↓
タンパク質の折り畳み状態(天然状態)と、折り畳み構造が崩れた状態(変性状態)の自由エネルギーバランスは、タンパク質自身の分子内相互作用やエントロピーだけではなく、周囲に存在している水との相互作用やエントロピーが大きく関与しています。
水とタンパク質の相互作用(水和)によって変性状態が大きく安定化され、その際には水のエントロピーが低下します。
水が変性状態のタンパク質と水素結合を形成することで、ある種の構造化が起こり、水分子の運動が束縛されることで、変性状態の自由エネルギーを低下させる役割を果たしています。
タンパク質との結合が強くなるというよりも、水同士の水素結合が増えて構造化することで、変性状態(折り畳み構造が崩れた状態)でのタンパク質の自由エネルギーが大きく低下し安定化されます。
細胞内には、個々のタンパク質の濃度(0.01mM)と比べて、かなり高濃度(5~10mM)のアデノシン三リン酸(ATP)が存在しています。
ATPは、細胞内のタンパク質の末端に結合し、タンパク質を折り畳まずにカルボキシル基(COOH)を露出させます。細胞内の水とタンパク質が水和してゲル(液晶構造)を形成します。
ATPのタンパク質の安定化(ハイドロトロープ)については、関連記事をご参照ください ↓
また、ATP分子は高濃度になると、自己会合して小さなクラスターを形成して、排除容積効果を示すこともわかっています。
ATP Can Act as a Stabilizer on Neutral Macromolecules
J Phys Chem Lett. 2025 Oct 16;16(41):10771-10777. doi: 10.1021/acs.jpclett.5c02467
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まとめ

排除容積効果によって、水分子の並進エントロピーが増加するため、タンパク質は天然構造では折り畳みをとっています。
タンパク質の折り畳みに伴う自由エネルギー変化・構造エントロピー変化は共に負であり、水の並進エントロピー増加によって駆動されると考えられます。
タンパク質の折り畳み状態(天然状態)と、折り畳み構造が崩れた状態(変性状態)の自由エネルギーバランスは、タンパク質自身の分子内相互作用やエントロピーだけではなく、周囲に存在している水との相互作用やエントロピーが大きく関与しています。
水とタンパク質の相互作用(水和)によって変性状態が大きく安定化され、その際には水のエントロピーが低下します。
水が変性状態のタンパク質と水素結合を形成することで、ある種の構造化が起こり、水分子の運動が束縛されることで、変性状態の自由エネルギーを低下させる役割を果たしています。
タンパク質との結合が強くなるというよりも、水同士の水素結合が増えて構造化することで、変性状態(折り畳み構造が崩れた状態)でのタンパク質の自由エネルギーが大きく低下し安定化されます。



