「プラセボ効果とノセボ効果」神経心理学
Placebo and nocebo effects: from observation to harnessing and clinical application
Transl Psychiatry. 2022 Dec 24;12(1):524. doi: 10.1038/s41398-022-02293-2.
薬の有効性と有害事象
医薬品の臨床試験では、プラセボ(偽薬)を対照として治験薬の有効性や副作用の評価を行います。
そうしないと医薬品の薬理作用による効果や副作用というものが判断できないからです。
薬の有効性
薬の有効性 = 薬理作用 + プラセボ効果 + ホーソン効果 + 自然治癒
薬を飲んで効果があった場合でも、薬理作用によるものだけでなく、プラセボ効果(心理的なプラス効果)、ホーソン効果(よく見られたい心理)、自然治癒(たまたま治った)などが含まれます。
薬の種類によっては、薬理作用の影響が非常に小さいケースも存在します。
プラセボ効果やホーソン効果については、関連記事をご参照ください ↓
薬の有害事象
薬の有害事象 = 副作用(薬理作用) + ノセボ効果 + 偶発的な有害事象
薬を飲んで有害事象が起こった場合でも、副作用(薬理作用)によるものだけでなく、ノセボ効果(心理的なマイナス効果)や偶発的な有害事象(偶然起こったもの)などが含まれます。
ノセボ効果については、関連記事をご参照ください ↓
現代はインターネットの普及によって、情報が溢れた社会となりました。
自分が効果を感じられなかったから、その医薬品や療法に効果がないというわけではありません。
また自分がその医薬品や療法によって、有害事象を発症したからといって、他の人にも必ず有害事象が起こるわけでもありません。
しかし、情報を得やすい社会というのは、プラセボ・ノセボ効果が非常に高まりやすい社会でもあります。
自分が納得して効きそうに思った治療法(医薬品や療法など)は、プラセボ効果を高めてくれます。
自分が副作用情報などで不安に思ったり、効きそうにないと思った治療法では、ノセボ効果を高めてしまいます。
副作用を恐れる心理については、関連記事をご参照ください ↓
プラセボ効果とノセボ効果は、医薬品の服薬だけでなく、セラピーなどの療法や、食品の摂取など日常生活においても、幅広く私たちの行動に影響を与えています。
どのような療法を行う場合においても、プラセボ効果を高め、ノセボ効果を抑えることは非常に重要となります。
その効果を上手に利用することは、治療結果の向上と意図しない症状の悪化を最小限に抑えることにつながります。
プラセボ効果とノセボ効果の行動基盤
「期待」と「学習」は、プラシーボ効果とノセボ効果に関連する 2 つの頻繁に研究されている行動メカニズムです。
期待というのは、私たちの感情や行動に大きな影響を与える可能性があります。
プラセボ効果とノセボ効果は、私たちの健康状態に対する肯定的期待と否定的期待の結果となります。
治療の有効性に関する直接的な情報は、口頭の情報提供を通じて、期待を生成することができます。
また連想学習、すなわち古典的条件付けによって期待を作り出すことができます。
直接的な経験から学ぶこと(古典的条件付け)とは別に、観察的条件付けはプラセボ効果とノセボ効果も生み出す可能性があります。
例えば、この治療が他の人に効果的であることがわかった場合、治療を受けた後に痛みが軽減されることが示されています 。
また最近のプラセボ研究では、オペラント条件付けがプラセボ効果の新しいメカニズムであることが示されています。
古典的条件付け
ある刺激と別の刺激をいっしょに与えることで生じる学習で、応答することから「レスポンデント条件付け」とも呼ばれています。
パブロフの犬の実験が有名です。
自然に生じる無条件反応を、もともとは関係がなかった特定の刺激に反応するように学習します。
オペラント条件付け
ある刺激のもとで行動することにより、行動の変容や学習が生じます。「道具的条件づけ」とも呼ばれています。
私たちが日頃行う自発的な行動の殆どは、行動の後に続く「快」「不快」の経験に基づいています。
行動した後に、良い結果に結び付けば、自然とその行動頻度は増えます。嫌なことに結びつけば、二度と同じことはしなくなります。
こうした直後の報酬や罰によって、自発的な行動が増えたり減ったりする学習(訓練)のことをオペラント条件付けと呼びます。
一般的にその薬や療法に効果があるかどうかは関係なく、自分の中に条件付けができると、私たちの脳は期待を生み出して反応して結果を導いてくれます。
プラセボ効果とノセボ効果の神経基盤
下行性疼痛調節システム(DPMS)が、プラセボ鎮痛およびノセボ痛覚過敏に関与すると考えられています。
DPMSの重要な領域は、帯状皮質と前頭前皮質に由来し、中脳水道周囲灰白質(PAG)に直接的および間接的に投射し、PAG は投射を延髄と脊髄に送ります。
報酬システムは、症状の軽減 (苦しみの軽減)が報酬の特殊なケースとなるため、プラセボ鎮痛のもう 1 つの神経基盤であると考えられます。
さらにこの期待は、背側および腹側線条体/側坐核(VS/NAc)に投射する被蓋または前頭前ドーパミン作動性ニューロンの活性化と密接に関連しています。
プラセボ鎮痛とは別に、報酬システムはパーキンソン病のプラセボ効果にも関与しています。
パーキンソン病におけるプラセボ効果において、背側および腹側線条体でのドーパミン放出の関与が確認されています。
下行性疼痛調節システム(DPMS)と報酬システムが、プラセボ効果とノセボ効果の両方に不可欠である可能性があります。
プラセボ効果とノセボ効果が、同じ脳ネットワークに反対の活動方向で関与しているかどうかはまだ明確ではありません。
共通のメカニズム経路、あるいは別のメカニズム経路、それとも両方とも関連している可能性があります。
プラセボ効果とノセボ効果の臨床応用
臨床現場において有益なプラセボ効果を最大化し、有害なノセボ効果を最小限に抑えることは非常に重要です。
「期待」を調整することは、医療現場でプラセボ効果を誘発するのに常に役立ちます。
薬や治療法の有効性がすでに証明されている場合、その有効性や治療メカニズムについて説明します。
このような知識は、治療に対する信頼を促進し、有効性に対する前向きな期待を高めます。
偶発的な経験や既存の症状を治療に誤って帰属させると、ノセボ効果が増幅されます 。
過剰なネガティブな情報はノセボ効果を増幅します。
ノセボ効果について知識を得ることは、誤った帰属を先制的に無効にするための重要なステップとなります。
良好なコミュニケーションにより、患者と医療従事者の間に信頼関係ができると、プラセボ効果が引き起こされます 。
一方で、冷淡、無関心、せっかち、または敵対的な関係は、ノセボ効果を誘発しやすくなります。
「誇張された」ポジティブな情報提供、あるいはネガティブな情報をいっさい提供しないことは、倫理的な問題が生じる場合があるので注意が必要です。
プラセボ効果やノセボ効果に対する正しい知識を提供することも重要ではないかと考えます。
まとめ
プラセボ効果とノセボ効果は、私たちの健康状態に対する肯定的期待と否定的期待の結果となります。
古典的条件付け、観察的条件付け、オペラント条件付けなどによって「期待」を作り出すことができます。
下行性疼痛調節システム(DPMS)と報酬システムが、プラセボ効果とノセボ効果の神経基盤となっている可能性があります。
プラセボ効果とノセボ効果は、医薬品の服薬だけでなく、セラピーなどの療法や、食品の摂取など日常生活においても、幅広く私たちの行動に影響を与えています。
どのような療法を行う場合においても、プラセボ効果を高め、ノセボ効果を抑えることは非常に重要となります。
その効果を上手に利用することは、治療結果の向上と意図しない症状の悪化を最小限に抑えることにつながります。
プラセボ効果やノセボ効果に対する正しい知識を提供することも重要ではないかと考えます。