パキロビッドパック(ニルマトレルビル・リトナビル)の有効性と安全性
2022年2月10日、日本国内でファイザー社のパキロビッドパック(ニルマトレルビル・リトナビル)が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬として特例承認されました。
軽症から中等症ⅠのCOVID-19患者に使用できる経口薬として、国内ではラゲブリオ(モルヌピラビル)に次いで2剤目となります。
米国FDAでは、2012年12月22日 PAXLOVID(ニルマトレルビル・リトナビル)として、緊急使用許可が認められています。
米国FDAでの緊急使用許可を受けて、これまでの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンや治療薬と同様に特例承認される流れとなりました。
その有効性と安全性について、FDAとPMDAの資料を基に評価を行ないました。
パキロビッドパック(PAXLOVID)とは
パキロビッドパック(PAXLOVID)は、ニルマトレルビル(Nirmatrelvir)とリトナビル(Ritonavir)の合剤です。
ニルマトレルビル(Nirmatrelvir) 開発コードPF-07321332
ニルマトレルビル(Nirmatrelvir)はメインプロテアーゼ(Mpro)阻害薬です。
SARS-CoV-2は、複製中に長いポリペプチドを合成し、これを切断してウイルスの構成タンパク質にします。
この切断を行うのがメインプロテアーゼ(Mpro)であり、Mproを阻害することで、ウイルスが複製に必要なタンパク質を生成できなくなり、自分自身のコピーをつくることができなくなります。
ニルマトレルビルのニトリル基が、Mproのシステイン残基に共有結合することで、酵素を阻害すると考えられています。
リトナビル(Ritonavir)
リトナビル(Ritonavir)は、HIV-1プロテアーゼ阻害剤であり、ヒト免疫不全ウイルス(HIVウイルス)やC型肝炎ウイルス感染症の治療に使用されている医薬品です。
HIV治療薬のノービア、カレトラ(ロピナビルとの合剤)、C型肝炎治療薬のヴィキラックス(オムビタスビル、パリタプレビルとの合剤)として販売されています。
新型コロナウイルス用に開発された化合物ではなく、既存の化合物だということです。
リトナビルにはSARS-CoV-2Mproに対する抗ウイルス活性はありません。
リトナビルブーストとは
リトナビルは、肝臓の代謝酵素シトクロムP450(CYP3A4)を阻害することで、ニルマトレルビルが代謝されるのを遅らせ、ニルマトレルビルの血中濃度を上げる役割をしています。
メインの薬剤が代謝されるのを遅らせ、有効性を高めるための薬物動態学的増強因子となり、「リトナビルブースト」呼ばれています。
パキロビッドパック(PAXLOVID)の有効性
EIPC-HR試験 C4671005試験
(対象)重度のCOVID-19疾患を発症するリスクが⾼い18歳以上の成人
(例数)2224⼈(PAXLOVID群1109人、プラセボ群1115人)
平均年齢は46歳、高齢者60歳以上の割合は19%(65歳以上13%、75歳以上3%)
白人72%、黒人5%、アジア人14%
(重症化の高リスク因子)
以下のSARS-CoV-2 による感染症の重症化リスク因子を少なくとも一つは有する
糖尿病、過体重(BMI> 25)、慢性肺疾患(喘息を含む)、慢性腎臓病、喫煙者、免疫抑制疾患、⼼⾎管疾患、⾼⾎圧、活動性癌、鎌状赤血球、神経発達障害、高齢者(60歳以上)など
(除外基準)
COVID-19感染歴のある人
ワクチン接種した人
(主要評価項目)
無作為化 28 日目までの SARS-CoV-2 による感染症に関連のある入院又は理由を問わない死亡が認められた被験者の割合
PAXLOVID群 8/1039(0.8%)
プラセボ群 66/1046(6.3%)
相対リスク減少率 88%(95%CI:75%、94%)
絶対リスク減少率 5.5%
NNT(治療必要数) 約18人
投薬した18人のうちの1人が、入院または死亡を回避できる結果であり、その他17人にはベネフィットはありません。
最もハードなエンドポントである、死亡に関してもしっかり有効性を示しており、真のエンドポイントを達成しており、有効性に関しては文句がない結果です。
相対リスク減少率・絶対リスク減少率・NNTについては、関連記事をご参照ください ↓
真のエンドポントについては、関連記事をご参照ください ↓
部分集団での有効性でも、高齢者(>60歳)がより高い有効性を示していることも非常に評価できます。
EPIC-SR試験
ファイザー社のプレスリリースによると、EPIC-HR試験ともう一つEPIC-SR試験が並行して実施されていました。
EPIC-SR試験は、標準リスクの成人あるいは高リスクでワクチンを接種した成人を対象に実施された試験です。
主要評価項目の中間分析では、「4日間の持続的な症状緩和」のエンドポイントは、プラセボと比較して達成できていません。(詳細なデータは公表されていませんので不明です)
副次評価項目の中間分析で、入院リスクが70%減少したと発表しています。
PAXLOVID群 3/428例(0.7%)
プラセボ群 10/426例(2.35%)
相対リスク減少率 70%
絶対リスク減少率 1.65%
治療必要数(NNT) 約61人
治療薬を投与した61人のうちの1人が、入院を回避できた結果であり、その他60人にはベネフィットはありません。
重症化のリスクが高くない人にとっては、ベネフィットが小さいことがわかります。
パクスロビドの安全性
EIPC-HR試験 C4671005試験
有害事象は、PAXLOVID群 251/1109例(22.6%)、プラセボ群 266/1115例(23.9%)に認められました。
重篤な有害事象は、PAXLOVID群 18/1109例(1.6%)、プラセボ群 74/1115例(6.6%)であり、
投与中止に至った有害事象は、PAXLOVID群 23/1109例(2.1%)、プラセボ群 47/1115例(4.2%)でした。
有害事象に関しては、COVID-19感染の症状が有害事象に含まれるために、プラセボ群よりPAXLOVID群の方が、少ない結果となっています。
副作用に関しての、詳細データはまだ公表されていません。
味覚不全や下痢が代表的な副作用として考えられ、添付文書にも注意喚起されています。
副作用と有害事象の違いについては、関連記事をご参照ください ↓
PAXLOVID群の被験者は1000例程度であり、この例数では「3の法則」によって、0.1%以下の発現頻度の副作用は検出されていない可能性が高く、まだよくわからない「不明なリスク」があります。
「3の法則」については、関連記事をご参照ください ↓
日本人の被験者は、 6 例(PAXLOVID群 4 例、プラセボ群 2 例)のみです。
日本人のPAXLOVID群 4/4例に有害事象があり、腹部不快感、上腹部痛、下痢、疲労、転倒、血中甲状腺刺激ホルモン増加、味覚不全及び不眠症各 1 例(重複あり)でした。
日本人におけるPAXLOVIDの投与経験は、極めて限られており、日本人に対する安全性はさらによくわかっていません。
また試験で感染したウイルスは、ほぼデルタ変異株(98%)でした。
パキロビッドパックの医薬品リスク管理計画書(RMP)
HIV治療薬として用いられているリトナビル(Ritonavir)の重篤な副作用として認められたものが、重要な特定されたリスク、重要な潜在的リスクとして記載されています。
しかし、HIV感染を対象とする場合では、リトナビルの投与量や投与期間、配合薬が異なっています。
併用禁忌が多過ぎる
重症化リスクが高い患者、つまり高齢者をはじめ、高血圧、心血管疾患などの患者では、様々な治療薬を定期的に服用している可能性が高いです。
PAXLOVID(ニルマトレルビル・リトナビル)は、薬物代謝酵素CYP3A4を強く阻害するため、同じ酵素で代謝される薬物の血中濃度を大幅に高め、有害事象を誘発するリスクがあります。
またCYP3A4の酵素誘導する薬剤は、ニルマトレルビルの血中濃度が低下して、PAXLOVIDの有効性を低下させる恐れがあります。
そのためPAXLOVID(ニルマトレルビル・リトナビル)は多数の薬剤が併用禁忌となっているため、非常に注意が必要です。
特にカルブロック、イグザレルト、テグレトール、セルシン、ハルシオン、レルパックスなど、かなりメジャーな薬剤が含まれていますので、併用薬のチェックが重要となります。
まとめ
重症化リスクの高い患者のEPIC-HR試験では、有効性は非常に高く、真のエンドポイントを達成しています。
高齢者での部分集団解析でも、非常に優れた有効性を示していました。
リスク要因のない患者や、リスク要因があるワクチン接種者を対象としたEPIC-SR試験では、主要評価項目である症状緩和のエンドポイントを達成しておらず、副次評価項目の入院リスクの低下でも、ベネフィットは非常に小さくなっています。
有害事象に関しては、COVID-19感染の症状が有害事象に含まれるために、プラセボ群よりPAXLOVID群の方が、少ない結果となっています。
EPIC-HR試験の最終的な副作用のデータはまだ公表されていませんが、味覚不全や下痢が代表的な副作用になります。
安全性の症例数が1000例程度であり、この例数では0.1%以下の発現頻度の副作用は検出されていない可能性が高く、まだよくわからない「不明なリスク」があります。
日本人の実薬服用は4例のみと極めて限られているため、日本人に対する安全性はさらによくわかっていません。
また臨床試験は、重症化しやすいデルタ変異株での結果であり、現在感染拡大しているオミクロン変異株に関しては、もともと重症化しにくいと言われています。
重症化リスクが高い患者、つまり高齢者をはじめ、高血圧、心血管疾患などの患者では、様々な治療薬を定期的に服用している可能性が高いです。
PAXLOVID(ニルマトレルビル・リトナビル)は、薬物代謝酵素CYP3A4を強く阻害するため、同じ酵素で代謝される薬物の血中濃度を大幅に高め、有害事象を誘発するリスクがあります。
そのため多数の薬剤が併用禁忌となっており、投与する際には併用薬のチェックを十分に行う必要があり、非常に使いにくい薬剤でもあります。
先に特例承認されたラゲブリオ(モルヌピラビル)については、関連記事をご参照ください ↓
緊急承認された軽症者用の経口治療薬ゾコーバ(エンシトレルビル フマル酸)については、関連記事をご参照ください ↓
コミナティ筋注(ファイザー社COVID-19ワクチン)については、関連記事をご参照ください ↓