睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

【この記事のまとめ】
脳と脊髄は髄膜に覆われ、無色透明の脳脊髄液(CSF)とよばれる液体が循環しています。

脳の硬膜にリンパ管のネットワークがあることが明らかとなり、グリンファティックシステムを介して脳脊髄液と脳間質液が交換され、頸部リンパ節に輸送されています。

高分子、脳内老廃物、免疫細胞を、脳脊髄液から末梢リンパ系の頸部リンパ節に排出しています。

徐波(脳波)の状態は、ニューロンの発火が広範に抑制されるため、必要な酸素量は減少します。それによって血液量の減少とCSF 流量の増加が引き起こされます。

深い睡眠であるノンレム睡眠中は、CSF に0.05 Hzの大きな振動による拍動性の流れが現れ、代謝性老廃物のクリアランスが強化されます。

 

なぜ私たちは毎日これほど多くの時間を睡眠に費やしているのでしょう。

たった一晩でも睡眠をとらないと、翌日には記憶力、気分、注意力の低下が生じてしまいます。

 

近年、睡眠がどのように脳の生理学的健康を維持するかについての研究が進んでいます。

睡眠中に現れる神経力学は、血流、脳脊髄液力学、老廃物の除去と本質的に結びついています。

睡眠は、脳内老廃物の調節と脳脊髄液(CSF)の流れの両方において重要な役割を果たしており、神経細胞の健康を維持するため不可欠なものです。

 

 

概日リズム(サーカディアンリズム)と睡眠については、関連記事をご参照ください ↓

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脳脊髄液(CSF)

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

Cerebrospinal Fluid Homeostasis and Hydrodynamics: A Review of Facts and Theories

Eur Neurol. 2022;85(4):313-325. doi: 10.1159/000523709.

 

脳と脊髄は、髄膜という膜に覆われています。

髄膜は3層の膜から構成されており、外側が硬膜、次にくも膜、最も内側が軟膜という構造になっています。

脳脊髄液(CSF)は無色透明の液体であり、くも膜と軟膜の間のくも膜下腔という隙間を循環しています。

大部分 99% は水で構成されており、残りの 1% は電解質、タンパク質、神経伝達物質、ブドウ糖が占めています。

栄養素の輸送、老廃物の除去、浮力による体重減少(脳重量 <50 g)、流体機械的ストレスの吸収、熱ストレスの調節、神経伝達物質の輸送など、数多くの恒常性プロセスに関与しています。

 

CSF の体積は一定であると考えられており、150 mL と推定されています (くも膜下腔に 125 mL、心室系に 25 mL)。

成人では約 18 ~ 25 mL/h、または 430 ~ 530 mL/日という産生速度と再吸収速度によって調整され、それによって頭蓋内圧の調節が行われています。

 

古典的には、CSF は主に脈絡叢で産生され、脳室系・くも膜下腔 を循環し、最終的に主にクモ膜顆粒で静脈洞に再吸収されると考えられています。

またその一部は脊髄内に入り循環して、脊髄を取り巻く静脈叢から静脈に入るか、脊髄神経の神経鞘の中を流れてリンパ液と混ざると考えられています。

 

しかし近年、脳の硬膜にリンパ管のネットワークがあることが明らかとなり、グリンファティックシステムを介して脳脊髄液と脳間質液が交換され、頸部リンパ節に輸送されることが明らかとなりました。

高分子、老廃物、免疫細胞を、脳脊髄液から末梢リンパ系の頸部リンパ節に排出しています。

CSF の主要な再吸収部位として、リンパ系の重要性が考えられるようになっています

 

硬膜リンパ管やグリンファティックシステムについては、関連記事をご参照ください ↓

「脳のリンパ系」グリンファティック系と硬膜リンパ管

脳内の老廃物除去とアルツハイマー病

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

 

睡眠は、潜在的に有害な代謝老廃物を除去することで、ニューロンの基本的な生理学的健康を維持しています。

アミロイドβなどの分子は、覚醒中よりも睡眠中の方がはるかに高い速度で脳から除去されます。睡眠不足は脳内のアミロイドβを増加させることがわかっています。

このような老廃物除去の障害は、一晩睡眠不足になった後にも明らかになります。

これは多くの人にとって珍しくない行動であり、いかに睡眠が重要であるかを示しています。

 

脳の血管周囲経路を通る CSF の流れと間質液(ISF)との交換は、グリンファティック系を介して行われており、脳の代謝性老廃物の除去に重要な役割を果たしています。

グリンファティック系の CSF 経路の機能不全は、アルツハイマー病などの神経変性疾患に関連したアミロイドβ濃度の増加との関連が示唆されています。

 

グリンファティック系については、関連記事をご参照ください ↓

「脳のリンパ系」グリンファティック系と硬膜リンパ管

 

最近、アルツハイマー病のアミロイド仮説により抗アミロイド剤の開発が促進され 、モノクローナル抗体アデュカヌマブ・レカネマブがFDAで承認されました。

 

アルツハイマー病と抗アミロイド剤については、関連記事をご参照ください ↓

アルツハイマー型認知症「仮説の誤りと治療薬」アデュカヌマブとは

「レカネマブの有効性」アミロイド仮説の誤り

このような抗アミロイド剤による治療は、単一因子を原因とする仮説に基づいて治療を行う、要素還元主義によるものです。

しかし、これは人体に現れている「結果」の現象を、「原因」であるかのように捉えているだけです。

そのため患者の認知機能の改善が非常に限定的であり、臨床的意義は非常に低いと考えられます。

 

要素還元主義ついては、関連記事をご参照ください ↓

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

睡眠と脳脊髄液の流体力学

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

Coupled electrophysiological, hemodynamic, and cerebrospinal fluid oscillations in human sleep

Science. 2019 Nov 1;366(6465):628-631. doi: 10.1126/science.aax5440.

The interconnected causes and consequences of sleep in the brain

Science. 2021 Oct 29;374(6567):564-568. doi: 10.1126/science.abi8375.

 

睡眠の長さと深さは、いずれも加齢とともに低下します。

睡眠時間の減少、特に深い睡眠である徐波(脳波)活動の低下は、その後のアルツハイマー病の発症を高めてしまいます。

最近、非急速眼球運動(ノンレム)睡眠中に、血行力学的振動と CSF 運動の一貫したパターンが機能的 MRI によって発見されました。

 

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

 

覚醒している人間の脳内の CSF の流れは、心臓周期と呼吸周期に合わせて常に脈動していることは長い間知られていました。

覚醒中、CSF は約0.25Hzの呼吸信号に同期した小振幅リズムを示します。

ノンレム睡眠中は、CSF に0.05 Hzの大きな振動による拍動性の流れが現れ、代謝性老廃物のクリアランスが強化されます。

 

CSF 信号は睡眠中の皮質灰白質の血流と密接に関連しており、強い逆相関を示します。

徐波(脳波)の状態は、ニューロンの発火が広範に抑制されるため、必要な酸素量は減少します。それによって血液量の減少とCSF 流量の増加が引き起こされます。

深い睡眠中の徐波の状態では、血行力学的振動が変化して、これが CSF の流れにつながっています。

 

液体ファシア(血液やリンパ液)の流体力学については、関連記事をご参照ください ↓

液体ファシア(liquid fascia)の役割と流体力学

まとめ

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学

 

脳と脊髄は髄膜に覆われ、無色透明の脳脊髄液(CSF)とよばれる液体が循環しています。

脳の硬膜にリンパ管のネットワークがあることが明らかとなり、グリンファティックシステムを介して脳脊髄液と脳間質液が交換され、頸部リンパ節に輸送されています。

高分子、脳内老廃物、免疫細胞を、脳脊髄液から末梢リンパ系の頸部リンパ節に排出しています。

アミロイドβなどの分子は、覚醒中よりも睡眠中の方がはるかに高い速度で脳から除去されます。睡眠不足は脳内のアミロイドβを増加させることがわかっています。

グリンファティック系の CSF 経路の機能不全は、アルツハイマー病などの神経変性疾患に関連したアミロイドβ濃度の増加との関連が示唆されています。

 

徐波(脳波)の状態は、ニューロンの発火が広範に抑制されるため、必要な酸素量は減少します。それによって血液量の減少とCSF 流量の増加が引き起こされます。

深い睡眠であるノンレム睡眠中は、CSF に0.05 Hzの大きな振動による拍動性の流れが現れ、代謝性老廃物のクリアランスが強化されます。

 

睡眠と脳脊髄液(CSF)の流体力学