「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

【この記事のまとめ】
教育により要素還元主義的な思考が、論理的かつ科学的であると思われています。

しかし、生命のような複雑系においては、要素還元主義による単一病因論により、根本原因を捉えることはできません。

人体の恒常性維持(ホメオスタシス)の「結果」として現れた現象を、後付けで「原因」にすり替えているにすぎないのです。

ヘリコバクター・ピロリと共生している結果の現象を、単一病因論により、ピロリ菌感染が胃癌の発症の原因であると考えることは、非常に無理があります。

当然のこのような分析による治療では、微妙な効果しか得られません。個人差を無視した統計学の平均的な概念が、あたかも全員に効果があるかのように見えてしまいます。

 

私たちの多くは教育により、要素還元主義的な思考に慣らされています。

例えば、「オレンジはビタミンCが豊富に含まれるから、お肌の美容にいい」

「赤ワインにはポリフェノールがたくさん含まれるから、抗酸化作用でガンなど生活習慣病の予防に効果がある」

論理的かつ科学的な思考と思われがちです。

しかし、生命のような複雑系において、要素還元主義の分析により、根本原因を捉えることができるのでしょうか?

 

「木を見て森を見ず」という言葉があります。

いったい何が原因で、何が結果なのか?もう一度考え直してみる必要があるのではないでしょうか?

 

要素還元主義と全体論

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

 

要素還元主義

どんなに複雑な物事でも、それを構成する要素に分解して、それらの個別(一部)の要素を理解すれば、元の複雑な物事全体の性質や振る舞いも全て理解できるとする考え方。

 

要素還元主義に基づいて対象を分析する場合、比較的単純な構造では特に問題にならないように思えます。

しかし、生命のような複雑な体系に対して、本当に適用できるものなのでしょうか?

 

複雑な体系においては、ある一部を変化させてみたら、思わぬ所に影響が出てしまうことがあります。

そして、その影響がどのような経路を辿って生じているのか?明確に特定できない場合が多いです。

生命は全体の恒常性を維持するために、常にバランスをとろうとしているからです。

 

要素還元主義の本質は分析であり、病気であればその原因を分析して、それを処置をすれば治療できると考えるのが西洋医学の発想です。

しかし、その処置が元で新たなる病巣が発症することが、起ってしまう場合が多々あります。

つまり要素還元主義の分析では、複雑系における根本原因を捉えられないのです。

 

西洋医学の要素還元主義については、関連記事をご参照ください ↓

「原因不明の痛みや不調」検査で異常なしとは?

 

全体論(ホーリズム Holism)

部分部分をバラバラに理解していても、全体の振る舞いを理解できるものではないという考え方。

全体を部分や要素に還元することはできないので、全体は全体として捉えるべきと考えます。

 

健康な生命とは、その体内に存在するすべての物質循環が正常に回転している状態です。

酸素や栄養物を取り込み、老廃物を排出する、外部環境との循環が正常に回転している状態でもあります。

病気とは、循環のどれかが滞っている状態であると考えられます。死とは、基本的循環が止まってしまい、もはや回復しなくなった状態であると考えられます。

つまり体の部品がすべて存在しても、外部との循環(つながり)がなくなってしまうと、生命を維持することができないのです。

私たちは開放系に生きている存在であり、要素還元主義の限界がここにあります。

 

物質循環である代謝については、関連記事をご参照ください ↓

「代謝と生命活動」異化と同化とエネルギー

地球の自転と概日リズムについては、関連記事をご参照ください ↓

「概日リズムとホルモン分泌」セロトニン・メラトニン

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要素還元主義の弊害

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

 

例えば、どこどこ地方に住んでいる人は、健康で長寿な人が多いのは、△△をよく食べているからだ。

△△の食品には▢▢の成分が多く含まれているので、▢▢には〇〇作用があって体に良い。

だから▢▢をサプリメントで摂取すればいい。

 

要素還元主義的な思考は、論理的かつ科学的な思考であると思われがちです。

 

病院で検査をして、血圧が高い、血糖値が高い、コレステロール値が高いという結果がでました。

血圧を下げること、血糖値を下げること、コレステロール値を下げることはできますが、それによって根本的な原因が取り除かれたといえるのでしょうか?

これらの数値は人体に現れている「結果」であり、これを「原因」と捉えて取り除こうとするのが、現代西洋医学の考え方です。

私たちの身体はホメオスタシスにより調整されており、その「結果」として現れた現象を、後付けで「原因」とすり替えて対処しようとしているにすぎないのです。

 

コレステロールと動脈硬化については、関連記事をご参照ください ↓

「コレステロールとホルモン合成」動脈硬化は血管の慢性炎症 

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ではなぜこのような医療 が、行われるようになってしまったのでしょうか?

 

統計学のマジック

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

 

医学が統計学と結びついて、科学的根拠に基づく医療 Evidenced-based medicine(EBM)が主流となりました。

医療統計において、もっとも信憑性が高いとされるのが、プラセボ対照の二重盲検化されたランダム化比較試験 Randomized Controlled Trial(RTC)となります。

2つの集団を無作為に選び、それぞれに薬とプラセボ(偽薬)を投与して、効果を比較する評価方法です。

 

なぜこのような評価手法を用いなければならないのでしょうか?

例えば、高血圧、高脂血症などの治療は、数年~数十年後に起こる脳卒中や心筋梗塞など、心血管系のイベント発症を予防する目的で行われています。

 

高血圧治療のベネフィット、EBMについては、関連記事をご参照ください ↓

「高血圧治療のベネフィット」エビデンスに欠けるものとは

 

つまり、薬を飲んでも効いているのか?効いていないのか?すぐにはわからないのです。

代替マーカーとして、血圧値やコレステロール値をコントロールしているので、効果を示しているよう見せかけています。

しかし、真のエンドポイントでの効果は、数年~数十年先にしかわからないのです。

 

大半の人が発症しない、予防のためのワクチン接種でも、この傾向が強いと考えられます。

ワクチン効果については、関連記事をご参照ください ↓

薬を飲まない理由 ベネフィットを自分で考えよう

 

誰の目から見ても劇的に効く薬であれば、RTCのような評価手法は必要ありません。

しかし実際には、服薬していない人との差は、わかりずらい微妙な効果なのです。

 

そのため個人差を無視した、統計学の平均的な概念が幅を利かせるようになってしまったのです。

「服薬により相対的に発症のリスクを何%減少する」と言われると、全員に効果があると錯覚を起こしてしまいます。

飲んでもベネフィット(効果の恩恵)を受けない人の方が、はるかに多い場合があります。

 

ベネフィットを考える場合には、相対リスク減少率ではなく、絶対リスク減少率から治療必要数を計算する必要があります。

相対リスク減少率・絶対リスク減少率・治療必要数については、関連記事をご参照ください ↓

「高血圧治療のベネフィット」エビデンスに欠けるものとは

ピロリ菌は胃癌の根本原因なのか?

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

 

胃がんの発症を予防する目的でピロリ菌の除菌が行われています。

健診などでピロリ菌が陽性であれば、除菌を勧められた方も多いのではないでしょうか?

 

胃炎や胃・十二指腸潰瘍患者のピロリ菌陽性率が高く、胃炎や 胃・十二指腸潰瘍はピロリ菌の感染が引き金になると考えられるようになりました。

それがピロリ菌を除去する除菌治療へとつながり、胃がんや再発を繰り返す胃・十二指腸潰瘍の治療へ進んでいきました。

しかし、ここでも”結果”としての現象を、”原因”と捉えて対処していると考えられます。

 

◎胃癌予防の Helicobacter pylori(ヘリコバクター・ピロリ)除菌療法

Helicobacter pylori eradication for the prevention of gastric neoplasia

https://doi.org/10.1002/14651858.CD005583.pub3

健康な人を対象に Helicobacter pylori(ヘリコバクター・ピロリ、以下ピロリ菌)検査をし、保菌者には抗生物質で治療すると胃癌の新規発症が減少するかを評価した、7つのRCTをメタアナリシスした2020年コクランレビュー

 

(主な結果)

胃癌を発症したのが予防治療群(ピロリ菌の除菌群)68人/4,206人(1.6%)

無治療またはプラセボ群 125人/4,117人(3.0%)

相対リスク減少率(RRR) 53%

絶対リスク減少率(ARR)   1.4%

治療必要数(NNT)   71人

 

ピロリ菌を除菌した71人のうちの1人だけが、胃癌の発症を予防する結果であり、残り70人は除菌しても除菌しなくても変わらない結果です。

 

ピロリ菌の保菌者で胃癌を発症するのは3%程度です。

まりピロリ菌があっても、大半の人は胃癌を発症しないのです。

 

単一病因論により、ピロリ菌感染が胃癌の発症の原因であると考えることは、非常に無理があります。

人体の恒常性維持(ホメオスタシス)により、ヘリコバクター・ピロリと共生している結果を現わしているにすぎないのです。

 

ピロリ菌とグレリン(空腹ホルモン)の関係については、関連記事をご参照ください ↓

腸内細菌叢(マイクロバイオーム)共生とエネルギー代謝制御 

まとめ

「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?

 

私たちの多くは教育により、要素還元主義的な思考が、論理的かつ科学的であると思い込んでいます。

しかし、生命のような複雑系においては、要素還元主義による分析により、単一病因で対処を行うことには注意が必要です。

私たちの身体は、外部環境とのつながりや、微生物との共生関係で成り立つ開放系であります。

生命の恒常性を維持するために、複雑な要因が絡み合った調整が行われています。

調整が行われた結果の現象を、原因にすり替えて対処しようとしている為、その効果が微妙なものが多いと思われます。

統計学による平均的な概念は、個人差をまったく無視した確率論になっています。

有効性の意味を正しく理解して、ベネフィットを判断することが非常に大切です。

 

 

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「要素還元主義による単一病因論」ピロリ菌は胃癌の原因なのか?