「こむら返りと筋スパズム」筋肉の収縮弛緩のしくみ
体の筋肉のコリやハリが気になる方や、夜寝ている時に足がつって、困っている方は多いのではないでしょうか?
筋肉の活動(収縮弛緩)には、生体内でのミネラルイオンの働きが必ず必要であり、それを制御するためにはATP(アデノシン三リン酸)のエネルギーが必要となります。
私たちの体は、ATP(エネルギー)がなければ、筋肉を緩めることができないのです。
膜電位とイオンの働き
私たちの生体内では、イオンの働きを非常に巧みに利用して、生命現象を行っています。
生体膜にはタンパク質が存在し、酵素反応の触媒として、亜鉛(Zn)や鉄(Fe)、銅(Cu)などのイオンが使われています。
また細胞内外にイオンの濃度差をつくり、それによって膜電位が生じ電気信号として使われています。
Na+ は細胞外に多く、K+は細胞内に多く存在しています。
神経が興奮するときは、Na+が外から濃度勾配に従ってNaチャネル(タンパク質)を通じて流入し、膜電位が一過性の変化を起こします。これを活動電位と呼びます。
この活動電位が興奮という電気信号となって、生体内での化学反応を引き起こす橋渡しになっていきます。
筋肉でのカルシウムイオンの働き
筋原繊維は、筋肉を構成する最小単位の細い繊維状の細胞の集合体で、この筋原繊維が収縮することで筋肉全体が駆動します。
筋原繊維は筋小胞体という袋状の膜器官で覆われており、そこにCa2+が蓄えられています。
筋小胞体の周りには、ミトコンドリアが存在しています。
活動電位の刺激によって、筋小胞体から筋形質(細胞質)にCa2+が放出され筋肉の収縮が起こり、もう一度カルシウムポンプ(Ca2+-ATPase)を使って、小胞体内にCa2+を汲み上げると筋肉の弛緩が起こります。
Ca2+-ATPaseが小胞体内にカルシウムを汲み上げるためには、小胞体内外でのカルシウムの濃度差に逆らって能動輸送するため、ATPの分解エネルギーが必要となります。
Ca2+-ATPaseは、ATPを加水分解する時に放出するエネルギーを使って、2つのCa2+を運ぶことができます。
筋肉の収縮弛緩を素早く行うために、筋小胞体の膜タンパク質の約60%は、Ca2+-ATPase(タンパク質)となっています。
膜電位、ATP駆動ポンプの能動輸送については、関連記事をご参照ください ↓
筋肉の収縮弛緩のしくみ
筋肉の収縮メカニズム
筋の収縮メカニズムにおいては、「滑り説」というものが考えられています。
①脳や脊髄にある体性運動神経で発生した電気的興奮が、運動神経線維に伝わります。
②運動神経線維の末端から、アセチルコリン(神経伝達物質)が放出されます。
③アセチルコリンが筋線維にある受容体に結合し、イオンチャネルが開いてNa+が細胞膜を通過して細胞内に流入すると、脱分極を起こして活動電位が発生します。
④活動電位が筋形質膜とT管に沿って伝わり、刺激が細胞内に伝導します。
⑤筋小胞体のCaチャネルが開き、Ca2+が筋形質内に放出されます。
⑥Ca2+が、アクチンと結合しているトロポニン分子と結合すると、アクチン上にあるミオシンとの結合部位が露出するように構造変換します。
⑦ミオシン頭部にあるATPase(ATP分解酵素というタンパク質)がATPを分解する過程で、ミオシン頭部にエネルギーが供給されます。
⑧ミオシン頭部は、アクチン上のミオシン結合部に付着してクロスブリッジ(架橋)を形成します。
⑨アクチンはミオシンにたぐり寄せられ、滑るようにミオシンの間に引き込まれていき、筋の収縮が起こります。
筋肉が弛緩するメカニズム
①運動神経線維からのアセチルコリン放出が終了します。
②アセチルコリンはコリンエステラーゼによって分解され、筋線維は興奮状態から脱します。
③カルシウムポンプ(Ca2+-ATPase)の働きによって、Ca2+が筋小胞体に再び取り込まれます。
④トロポニンに結合していたCa2+が離れて、クロスブリッジが解除されて筋の弛緩が起こります。
Ca2+を筋小胞体へ取り込むことができないと、筋線維自体は興奮状態から脱しても、クロスブリッジが解除されずに、筋は弛緩することができません。
私たちが筋肉を収縮弛緩して動かすためには、ATPがADPと無機リン酸(Pi)に加水分解する時に生じるエネルギーが必ず必要になります。
ATP(アデノシン三リン酸)については、関連記事をご参照ください ↓
筋スパズム(筋攣縮)
筋スパズム(筋攣縮)とは
筋スパズム(筋攣縮)は、筋肉の収縮持続時に起こる局所の循環及び代謝性変化によって、筋の収縮が延長した状態です。
つまり、筋が収縮した状態になったままになることです。
体の力を抜こうとしても、抜けない状態になってしまいます。詳しくは関連記事をご参照ください ↓
筋スパズムが起こるメカニズム
筋肉の収縮と弛緩には筋形質内のカルシウムイオン濃度が関係しています。
Ca2+の筋小胞体への取り込みを行い、膜電位をつくらないと、筋肉が弛緩して再び収縮できる状態にならないのです。
末梢血流障害により、酸素の供給が滞ると、ミトコンドリアの酸化的リン酸化によるATP産生ができなくなります。
ATPというエネルギー不足が、筋スパズムをつくり、弛緩できない状態をつくっています。
ミトコンドリアのエネルギー代謝については、関連記事をご参照ください ↓
筋スパズムを起こす原因
私たちは、障害した部位を動かさず、痛みが出るのを防ぐために、筋肉を収縮させて防御することを行います。
このような防御性収縮によって、長期間筋肉を持続的に収縮させたことで、局所的な循環障害や代謝障害を起こして、筋スパズムへと発展していきます。
関節の不安定性がある場合には、関節周囲の筋肉が、腱や関節の代償動作を行い過度な負荷がかかります。
また、偏った姿勢による日常的な生活では、特定の筋肉に過度の負荷がかかっています。
筋肉への過度な負荷によって、筋肉が過剰な収縮を行い、循環障害が起こって疲労性の筋スパズムへと発展していきます。
関節包が侵害されると、関節の過剰運動を防ぐために、同じ神経支配の筋肉に収縮が起こります。これは反射性筋攣縮と呼ばれています。
反射性筋攣縮から、その後収縮が持続的になると筋肉は虚血状態となり、筋線維内に発痛物質が生成して、痛みを発症する原因となります。
痛みがでることで、筋収縮が起こり、さらに悪循環に陥っていきます。
筋膜性疼痛症候群(MPS)については、関連記事をご参照ください ↓
そして、人体の張力バランスが崩れてしまい、さらなる筋疲労が起こってしまうのです。
ファシア(筋膜)のつながり、筋膜経線については、関連記事をご参照ください ↓
人体のテンセグリティ―については、関連記事をご参照ください ↓
有痛性痙攣(クランプ)
夜寝ている時に、足の筋肉が痙攣を起こして硬直し、激しい痛みが生じる「こむら返り」は、多くの方が経験している不快な症状です。
足がつることは、医学的には有痛性痙攣(クランプ)といいます。
特に腓腹筋(ふくらはぎ)に起こりやすいため、「こむら返り」(腓腹筋痙攣)とも呼ばれることが多いです。
こむら返りが起こる原因
骨格筋の深部には、筋紡錘と呼ばれる骨格筋線維が存在します。
この筋紡錘の外側の筋線維が、一般的に筋肉と呼ばれる錘外筋であり、α運動ニューロンがコントロールしています。
α運動ニューロンの末端は、神経筋接合部と呼ばれる部分に接合し、アセチルコリンを放出します。アセチルコリンが骨格筋に作用をすることで、活動電位が発生して筋肉が収縮を起こします。
筋紡錘の中の線維は錘内筋と呼ばれ、γ運動ニューロンがコントロールしています。
筋紡錘の錘内筋線維が、錘外筋線維の長さに関する情報を、脊髄や脳など中枢へ送っているのです。
筋肉が骨に付着する部分を腱といいますが、そこにはゴルジ腱器官(腱紡錘)という感覚器官があります。
腱が強く引っ張られる感覚をゴルジ腱器官が感知して中枢に伝えます。それによってα運動ニューロンを抑制し、主動筋を弛緩しようとします。
筋紡錘、ゴルジ腱器官(腱紡錘)という感覚器官は、筋肉が正常に収縮弛緩するためのセンサーとして働いています。
このセンサーが異常を起こして、筋肉が収縮したまま、緩まなくなった状態が筋痙攣だと考えられています。
センサーが誤作動を起こす原因は、血行不良や筋疲労、脊髄神経の圧迫、ミネラルバランスの崩れなど、様々な要因が重なっていると考えられます。
少し強めの運動をした直後や、その日の夜に、こむら返りを起こす場合が多いと言われています。
このような場合には、筋疲労や、発汗によるミネラルバランスの崩れが原因と考えられます。
運動習慣のない高齢者でも、夜寝ている時に、こむら返りをよく起こします。
このような場合には、筋肉への運動ニューロンがうまく機能していないか、下腿の血行不良による冷えや、糖尿病など代謝障害による原因なども考えられます。
やはり筋肉の収縮弛緩にはCa2+濃度が関係するため、ミネラルバランスの崩れや、血行障害・代謝障害によるATPの枯渇はその要因となります。
マグネシウム(Mg)の不足
こむら返りの原因として、マグネシウムの不足がよく指摘されています。
カルシウムポンプ(Ca2+-ATPase)が働いて、Ca2+を能動輸送する時には、実はATPとMg2+が必要になります。
カルシウムポンプ(Ca2+-ATPase)やナトリウム-カリウムポンプ(Na+/K+– ATPase)など、ATPase(タンパク質)が働いて、ATPが加水分解されてADPと無機リン酸(Pi)になる時には、ATP-Mg 2+複合体となって働いています。
ATPは、活性型のATP-Mg2+複合体として存在しているのです。
またMg2+は、糖を代謝する解糖系など、代謝反応を進める酵素(タンパク質)の補酵素としても働いています。
マグネシウムの不足は、生体内での代謝を低下さて、ATPの産生を低下させる原因になります。
特効薬 芍薬甘草湯
芍薬甘草湯は、非常に即効性が高く、飲んで数分で痙攣性疼痛を緩和します。
また、夜寝る前や運動前にあらかじめ服用しておくことで、予防的な効果もあります。
こむら返りだけでなく、頭痛・腹痛・生理痛などにも効果を発揮します。
芍薬甘草湯は、芍薬:甘草=1:1の配合の方剤で煎じることで、それぞれの主成分であるペオニフロリン:グリチルリチン=1:2で含有しています。
芍薬の主成分 ペオニフロリン
甘草の主成分 グリチルリチン
実はこの配合比がとても重要で、芍薬単独でも甘草単独でも効果がなく、配合比率が変化しても効果がなくなります。また他の生薬がブレンドされても、効果が違ってきます。
漢方薬の魅力である「生薬のブレンド効果」によって、即効的な効果を示す優れた方剤といえます。
芍薬甘草湯の作用は、神経筋の脱分極性シナプス遮断作用、ニコチン性アセチルコリン受容体の脱感作によると考えられています。
ペオニフロリンはCaイオンに関与し、グリチルリチンがKイオンに関与して、その共役によって作用が発揮されると考えられています。
参考図書 漢方薬理学(南山堂)
Complementary effects of paeoniflorin and glycyrrhizin on intracellular Ca2+ mobilization in the nerve-stimulated skeletal muscle of mice
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まとめ
カルシウムポンプ(Ca2+-ATPase)は、ATPを加水分解する時に放出するエネルギーを使って、2つのCa2+を運ぶことができます。
私たちの細胞内のCa2+濃度は、このCa2+-ATPase(タンパク質)の働きで、通常は非常に低い濃度に抑えられています。
活動電位の刺激が筋肉の細胞に伝わると、Ca2+を貯蔵している筋小胞体から、細胞内にCa2+が流入し、それによって筋肉の収縮が起こります。
筋肉が弛緩するためには、カルシウムポンプ(Ca2+-ATPase)によって、もう一度Ca2+を筋小胞体内に汲み上げる必要があり、それにはATPとMg2+が必要となります。
筋スパズムの原因は、血液の循環障害、代謝障害などによってATPが枯渇し、筋肉が弛緩できない状態になると考えられます。
こむら返りは、筋紡錘、ゴルジ腱器官(腱紡錘)のセンサーがうまく働かず、筋肉の異常な収縮が続いてしまう有痛性痙攣だと考えられています。
筋疲労やミネラルバランスの崩れ、脊髄神経の圧迫、血行不良など様々な原因が考えられます。