神経のつながり「なぜ痛みが起こるのか?」
「痛み」は、私たちの身体に外部的あるいは内部的な危険が起こっていることを知らせるためのサインです。
体を動かさないようにさせ、私たちに回復を促しています。
しかし、その痛みのサインが慢性化すると、不快な感覚として生活の質(QOL)が低下します。
一般的な痛み止めは、その痛みを感じないようにしてくれますが、内部的な状態が変化しない場合には、薬の効果が切れるとまた痛みを感じることが多いです。
痛みの根本的な改善として、「神経のつながり」という視点から考えてみましょう。
痛みの種類とメカニズム
痛みを誘発するような強い熱や機械的刺激や化学的刺激は、組織損傷を引き起こすために侵害刺激と呼ばれています。
一方、触覚や圧覚、振動覚などの無害な刺激は、非侵害性の刺激となります。
痛みを発生する侵害受容器(センサー)には、高閾値機械受容器 (HTMR)と呼ばれる細い有髄性のAδ線維と、ポリモーダル受容器と呼ばれる無髄性のC線維があります。
侵害受容器は特定の受容器構造を持たず、神経の末端が(自由神経末)が受容器として刺激を捉えて、それを電気信号に変換する役割をしています。
ミエリン鞘に巻き付かれた軸索を有髄線維、巻き付かれていない軸索を無髄線維といい、ミエリン鞘は軸索膜を完全に絶縁して膜からの電流漏れを防ぐため、有髄線維の伝導速度は無髄線維に比べて速くなります。
また、太い線維の伝導速度は、細い線維に比べて速くなります。
高閾値機械受容器 (HTMR)は侵害性の機械刺激をすばやく伝達して、痛みの部位や強さを知覚して反射行動を起こす警告となります。一次痛と呼ばれる速い鋭い痛みを伝えています。
ポリモーダル受容器は化学刺激、熱刺激、機械刺激を受容して、遅れてじわっとくる痛みを伝達しています。二次痛と呼ばれる遅く鈍い痛みを伝えています。
触刺激のような非侵害性の刺激は、低閾値機械受容器 (LTMR)と呼ばれる機械受容器があり、太い有髄性の Aβ 繊維につながり、電気信号に変換する役割をしています。
触覚の低閾値機械受容器 (LTMR)については、関連記事をご参照ください ↓
低閾値機械受容器 (LTMR)の機械受容の変換器となるPIEZOタンパク質については、関連記事をご参照ください ↓
ただ痛みには感覚的側面と感情的側面があります。
それが痛みという感覚を、より複雑化させている要因だと思います。
侵害受容性疼痛
組織の損傷や炎症などを伴ない発現した物質によって起こる痛みです。
神経障害性疼痛
組織の損傷や炎症などがないにも関わらず痛みがあります。
神経の損傷・圧迫だけでなく、痛みの電子信号を処理する過程での異常(末梢神経感作・中枢神経感作・脳の可塑的変化など)が原因となります。
心因性疼痛
組織の損傷や炎症などがないにも関わらず痛みがあります。
器質的・機能的病変が無く、心理的・社会的要因が大きく影響している可能性がある痛みです。
触覚刺激による痛みの緩和
痛みの伝達は自由神経終末によって受容され、Aδ線維及びC線維の両方の線維によって、後根神経節、脊髄後角、視床を介し対側の第一次体性感覚野に痛みとして認知されます。
そのような痛み伝達は、単純な神経のON/OFFではなく、中枢神経系によって緩和もしくは増強するという修飾作用が起こると考えられています。
AL-media August 2017 「創傷の痛みとは」より引用
脊髄後角の広作動域ニューロンには、侵害刺激と非侵害刺激の両方が入力されます。
非侵害刺激を伝えるAβ線維は側枝からのシナプスを介して、抑制性介在ニューロンを興奮させます。
この介在ニューロンは広作動域ニューロンの興奮を抑制します。
疼痛部位付近を擦ったり、なでたり、押さえたりすると痛みが緩和するのは、非侵害刺激により抑制性介在ニューロンを活性化して、痛みの伝達を抑制していると考えられます。
このような抑制性介在ニューロンは、脊髄後角部だけでなく脳に至る伝導路の中継点で存在がみられます。
ゲートコントロール理論
1965年、Melzack と Wall によって提唱されたゲートコントロール理論があります。
痛みを伝えるAδ線維及びC線維は、脊髄後角細胞おいてT細胞(central transmission cell:中枢投射細胞)に入力すると共に、脊髄後角膠様質(substantiageratinosa:SG)に存在する抑制性介在細胞の働きを抑制し、結果的にT細胞に入力するシナプス前抑制が抑えられます。
そこに触刺激によってAβ線維が活性化されると、抑制性介在ニューロンの興奮性を上げて、Aβ線維、Aδ線維及びC線維に入力することによって上がるT 細胞の興奮性をシナプス前抑制によって下げます。
優しいタッチによる神経伝達については、関連記事をご参照ください ↓
アロディニア
アロディニアとは、通常では疼痛をもたらさない非侵害刺激が、疼痛としてとても痛く認識される感覚異常のことです。
末梢神経でAδ線維とC線維の疼痛閾値低下による静的アロディニアと、Aβ線維における伝導路の変異による動的アロディニアとに分けられます。
アロディニアは神経因性疼痛などの慢性疼痛によく見られ、帯状疱疹後疼痛、片頭痛などの痛みのメカニズムと考えられています。
AL-media August 2017 「創傷の痛みとは」より引用
情報が繰り返し伝えられると、神経は可塑的に変化することで情報を記憶するようになります。
シナプスの可塑性については、関連記事をご参照ください ↓
正常では痛みを伝えるC線維は、慢性炎症による痛み刺激が持続すると、C線維末端から神経栄養因子の1つであるBDNFが放出されて、Aβ線維の軸索が発芽するようになります。
またC繊維が変性脱落すると、そのスペースにAβ線維の軸索が発芽するようになります。
このようにして、非侵害刺激を伝えるAβ線維が、侵害刺激を伝える二次ニューロンと新たなシナプスを形成するようになります。
デフォルトモードネットワークと痛み
趣味や仕事など何かに集中すると、痛みが和らぐことがあります。
また鎮痛剤のプラセボ投与(偽薬)により、痛みが改善することはよく知られています。
また逆に不安感が強いと、疼痛を悪化させます。
このように脳の働きと疼痛には大きな関係があります。
プラセボ(偽薬)効果については、関連記事をご参照ください ↓
デフォルトモードネットワーク(DMN)
私たちが安静にしている時でも、脳は活発に活動をしています。
脳のエネルギー消費は、私たちが意識的に活動している時よりも、無意識下で脳が行うデフォルトモードネットワークによる神経活動に使われています。
すなわち視覚や聴覚、体性感覚などの感覚情報の処理や運動よりも、安静時のメンテナンスに脳はエネルギーを消費しています。
デフォルトモードネットワークについては、関連記事をご参照ください ↓
デフォルトモードネットワークと慢性疼痛は深く関連しています。
下行性疼痛抑制系といって、脳幹から脊髄に下行する抑制性ニューロンによって、痛みの情報伝達をブロックするシステムがあります。
私たちが痛みに注意が向いている時には、痛みのネットワークが活性化して、下行性疼痛抑制系とデフォルトモードネットワークの結びつきが弱くなります。
痛みから気がまぎれている時は、下行性疼痛抑制系が強く働き、デフォルトモードネットワークとの結びつきが強まっています。
痛みの感受性の違いは下行性疼痛抑制系とデフォルトモードネットワークの連結の強さの違いによる影響が考えられます。
痛みに対する感受性の高い人は、この連結が弱く、感受性が低い人はこの連結が強いことになります。
人とのつながり・社会とのつながりは、デフォルトモードネットワークに影響を与えます。詳しくは関連記事をご参照ください ↓
ファシア(筋膜)の神経支配と疼痛
Fascial Innervation: A Systematic Review of the Literature
Int J Mol Sci. 2022 May 18;23(10):5674. doi: 10.3390/ijms23105674.
ファシア(筋膜)に感覚神経が豊富に存在して、固有受容器と侵害受容器が存在します。
侵害受容器の自由神経終末、低閾値機械受容器 (LTMR)であるパチニ小体およびルフィニ小体など、ファシアの病的状態によって、神経支配の密度とタイプの多様性が現われます。
パチニ小体やルフィ二小体など低閾値機械受容器 (LTMR)については、関連記事をご参照ください ↓
ファシアは、動かないことや使いすぎによって、癒着したり、伸長性が低下したりします。
可動域制限などの症状を引き起こし、侵害受容器など痛みのセンサーが高密度に分布するようになると、トリガーポイントと呼ばれるように過敏になります。
このトリガーポイントによって引き起こされる疾患を、筋膜性疼痛症候群(MPS)と言います。
ファシアの異常は、超音波診断装置(エコー)を用いることで、エコー画像上で白く厚みを持った帯状の像として観察することができます。
筋膜性疼痛症候群(MSP)については、関連記事をご参照ください ↓
ファシア(筋膜)については、関連記事をご参照ください ↓
ファシアが動かせなくなると、固有受容器から脳へのフィードバックが低下して、固有受容感覚の機能が低下します。
固有受容は身体の空間での位置や動きを感知する能力であり、これが低下すると神経・運動器の協調機能に破綻が生じます。
脳が動かさない部位として認識して、拘縮が起こりやすくなります。
固有受容感覚については、関連記事をご参照ください ↓
振動刺激による運動錯覚は、抹消の固有受容器の活性化により固有受容感覚を向上させることがわかっています。
Effect of Illusory Kinesthesia Induced by Tendon Vibration on Proprioception
理学療法科学 33(3):385–388,2018
非侵害刺激となる振動が、ファシアの低閾値機械受容器 (LTMR)を刺激して、求心性Aβ線維につながり、脳の固有受容感覚を活性化させます。
拘縮したファシア(筋膜)のリリースと共に、低閾値機械受容器(LTMR)を活性化して、固有受容感覚を取り戻すことが重要となります。
痛みと身体所有感については、関連記事をご参照ください ↓
まとめ
痛みを発生する侵害受容器(センサー)には、高閾値機械受容器 (HTMR)と呼ばれる細い有髄性のAδ線維と、ポリモーダル受容器と呼ばれる無髄性のC線維があります。
触刺激のような非侵害性の刺激は、低閾値機械受容器 (LTMR)と呼ばれる機械受容器があり、太い有髄性の Aβ 繊維につながり、電気信号に変換する役割をしています。
痛みの伝達は自由神経終末によって受容され、Aδ線維及び C線維の両方の線維によって、後根神経節、脊髄後角、視床を介し対側の第一次体性感覚野に痛みとして認知されます。
疼痛部位付近を擦ったり、なでたり、押さえたりすると痛みが緩和するのは、非侵害刺激によりAβ線維の側枝からのシナプスを介して、抑制性介在ニューロンが活性化して、痛みの伝達を抑制しています。
痛みには感覚的側面と感情的側面があります。
脳のデフォルトモードネットワークと慢性疼痛は深く関連しています。
痛みの感受性の違いは、下行性疼痛抑制系とデフォルトモードネットワークの連結の強さの違いによる影響が考えられます。
ファシア(筋膜)には、感覚神経が豊富に存在して、固有受容器と侵害受容器が存在します。
侵害受容器の自由神経終末、低閾値機械受容器 (LTMR)であるパチニ小体およびルフィニ小体など、ファシアの病的状態によって、神経支配の密度とタイプの多様性が現われます。
可動域制限などの症状を引き起こし、侵害受容器のセンサーが高密度に分布するようになると、トリガーポイントと呼ばれるように過敏になります。
ファシアが動かせなくなると、固有受容器から脳へのフィードバックが低下して、固有受容感覚の機能が低下します。脳が動かさない部位として認識して、拘縮が起こりやすくなります。
非侵害刺激となる振動が、ファシアの低閾値機械受容器 (LTMR)を刺激して、求心性Aβ線維につながり、脳の固有受容感覚を活性化させます。
拘縮したファシア(筋膜)のリリースと共に、低閾値機械受容器(LTMR)を活性化して、固有受容感覚を取り戻すことが重要となります。