「高血圧治療のベネフィット」エビデンスに欠けるものとは
一般的に血圧が高い状態が続くと、動脈の壁に負担がかかって動脈硬化を進行させ、狭心症や心筋梗塞などの心疾患、脳出血や脳梗塞などの脳血管疾患のリスクを高めるといわれています。
高血圧を放置すると、負担のかかる血管や臓器に、さまざまな合併症を起こすリスクが高まるので、高血圧治療が一般的となりました。
高血圧のほとんどは自覚症状がないので、本来は病気ではありません。
重篤な疾患の予防のために病名がつけられた「つくられた病気」なのです。
もしあなたが血圧が高い状態が続いている場合、薬を飲んで血圧を下げるベネフィットは、どれくらいあるのでしょうか?
EBM(evidence based medicine)
エビデンス ベイスト メディスン 根拠に基づく医療
1990年代以降、医療者の経験や勘という曖昧なものに頼るのではなく、科学的に実証された根拠(エビデンス)に基づいて、最適な治療法を選択することを重視するようになりました。
それによって、医療の標準化がされ、一定レベルの質が担保されることになります。
EBMは、研究結果やデータだけを頼りにするものではなく、「最善の根拠」と「医療者の経験」、そして「患者の価値観」を統合して、患者さんにとってより良い医療を目指そうとするものと定義されています。
しかし、医療現場で「患者の価値観」が反映されているかといえば、そうでない場合が多いのではないでしょうか?
科学的根拠(エビデンス)は、効率的で質の高い医療を実現するために、取り入れられたものです。
患者を数値化して、治療の標準化・効率化ばかりを重視した医療が中心となり、個々の患者への適用をあまり考えなくなってしまいました。
しかしそれは一般的な確率論としての情報であり、すべての患者にはあてはまるものではありません。
生活習慣病などにおいては、治療の標準化を行うことは、むしろ大きな問題を生んでいるのではないでしょうか?
そのエビデンスはあなたに有効であるのか?
エビデンスが存在してしまうと、それをすべての人に適用させようとする傾向があります。
目の前の患者にそのエビデンスが有効であるのかどうか?EBMはそれを示していません。
そのエビデンスの意味をしっかり考えて、ベネフィットがあるのかを考える必要があります。
例えば、服薬により血圧を下げてコントロールすると、脳卒中の発症リスクを30%低下させたというエビデンスがあります。
服薬しても脳卒中になる人もたくさんいれば、服薬しなくても脳卒中にならない人もたくさんいます。
この30%という数字は相対リスク減少率というもので、この数字だけではベネフィットは判断できません。
治療しない場合の発症率がどれくらいあるのか?それによって意味合いが大きく違ってくるからです。
ベネフィットを考える場合には、相対リスク減少率ではなく、絶対リスク減少率から治療必要数を計算するとわかりやすいです。
相対リスク減少率 RRR(relative risk reduction)
投薬によってどの程度イベントリスクが減少するかを見たもので、1から相対リスクを引いた値で示されます。
ワクチン効果というのも、この相対リスク減少率のことです。
ワクチン効果(相対リスク減少率)については、関連記事をご参照ください ↓
絶対リスク減少率 ARR(absolute risk reduction)
プラセボ群のイベント発症確率から治療薬投与群のイベント発症確率を引いた値です。
治療必要数 NNT(number needed to treat)
絶対リスク減少率の逆数で示される値で、治療効果を得るのに必要な人数のことです。
NNTの値が小さいほど治療が有効である確率が高く、NNT = 1 はすべての人に治療が有効であるということになる。
NNTB(number needed to benefit) 「 いったい何人に1人の確率で治療が有効であるのか」とも解釈できます。
A)血圧が170で放置された(それ以外のリスク要因がない人達)場合、10年以内の脳卒中発症率が2%だった場合。
服薬により血圧を下げると、30%のリスク減少があるという事は、脳卒中の発症率が1.4%になります。
絶対リスク減少率 2-1.4=0.6%
治療必要数 1/0.006 = 167人中の発症
167人を治療して、そのうちの1人が脳卒中にならずに済む。167分の1の確率で治療が有効となります。
B)血圧が170で放置された(それ以外にも糖尿、肥満、喫煙、高齢などのリスク要因がある)場合、10年以内の脳卒中発症率が20%だった場合。
服薬により血圧を下げると、30%のリスク減少があるという事は、脳卒中の発症率が14%になります。
絶対リスク減少率 20ー14=6%
治療必要数 1/0.06 =17人
17人を治療して、そのうちの1人が脳卒中にならずに済む。17分の1の確率で治療は有効となります。
実際に脳卒中の発症リスクは、高血圧以外のリスク要因によって、発症率が10倍以上変わってきます。
血圧を下げてコントロールした時に、あなたが受け取るベネフィットの確率は、その他のリスク要因を考えないと判断できません。
生活習慣病のような様々な要因が複雑に絡みあう疾患は、1つの要因で制御できるほど単純ではありません。
「血圧が高いですね。もしものために、薬を飲んで予防しておきましょう」というような、「掛け捨て保険」のような考え方には注意が必要です。
要素還元主義による単一病因論については、関連記事をご参照ください ↓
なぜ血圧が高くなってしまうのでしょうか?
血圧は心臓がポンプ作用で血液を送り出す力で、血液が血管の壁を圧する力を数値化したものです。
血圧があるから、血液を体内に行きわたらせて、酸素や栄養素を運び、不要となった老廃物を排出することができるのです。
なぜ血圧が高くなるのでしょうか?その原因については、あまり語られません。
高血圧の9割が本態性高血圧(原因が特定できない)と言われているからです。
加齢とともに血管の壁が硬くなり、血圧は高くなります(老化現象)。
また動脈硬化により、血管が硬く内径が細くなり、血流が悪くなるので、血圧が高くなります。
またストレスや寝不足により交感神経支配になると、血圧は高くなります。
運動不足により血流が悪くなると、血圧は高くなります。
高血圧が原因で動脈硬化になるのか?動脈硬化により血流悪くなることで、高血圧になるのか?
高血圧は血流が悪くなった状態でも、体のすみずみまで血液を届けようとする、体の調整機能の現れではないかと思われます。
原因を考えずに、血圧だけを下げても問題の解決にはならないのです。
動脈硬化については、関連記事をご参照ください ↓
概日リズムとホルモン分泌については、関連記事をご参照ください ↓
ストレスとホルモンについては、関連記事をご参照ください ↓
自律神経の働きについては、関連記事をご参照ください ↓
NBM (narrative based medicine)
ナラティブ ベイスト メディスン 物語りと対話に基づく医療
「ナラティブ」は「物語」と訳され、患者が対話を通じて語る病気になった理由や経緯、病気についての考えなどの「物語」から、患者の抱えている問題に対して全人的(身体的、精神・心理的、社会的)にアプローチしていこうとする手法です。
科学的根拠(エビデンス)が必ずしもすべての患者にあてはまる唯一の方法ではなく、治療方針の決定には、患者の主観的な主張を尊重するべきです。
ナラティブはエビデンスを否定するものではなく、根拠や統計・科学性を補い、EBMを補完するために役立つものです。
服薬により血圧を下げるより前に、患者自身が自分と向き合い、物語を語る必要があります。
自分と向き合う時間をつくる必要性については、関連記事をご参照ください ↓
生活習慣病のような疾患では、エビデンスとナラティブを合わせることで、医療の質が上がるのはないでしょうか?
まとめ
EBMが示してくれることは、一般的な確率論であります。
もし、あなたが血圧が高い状態を放置した場合に、狭心症や心筋梗塞などの心疾患、脳出血・脳梗塞などの脳血管疾患になるかどうかはわかりません。
服薬してもなる場合もあれば、服薬しなくてもならない場合もあります。
服薬して血圧を下げた場合のベネフィットは、高血圧以外のリスク要因によって大きく違ってきます。
生活習慣病のように様々な要因が複雑に絡み合う場合は、エビデンスによる確率論には注意が必要です。
まずは自分と向き合い、病気になった経緯やその原因について考えることから始めましょう。
EBMとNBMを合わせてこそ、より質の高い医療が実現できるのではないかと思います。