「甲状腺ホルモンとミトコンドリア」ホメオスタシスの要
コロナ禍で体温を測定する機会が非常に増えたと思いますが、私たちの体温はいったいどのように調整されているのでしょうか?
私たちの体は、寒い冬でも体温を一定に保って、恒常性を維持する機能があります。
また35℃台の低体温では、基礎代謝が低下し、免疫力の低下が起こると言われています。
甲状腺とホルモン
甲状腺
甲状腺は首の真ん中、喉ぼとけのすぐ下にあります。 蝶が羽を広げたような形をしていて、気管の前に張り付いています。
甲状腺は平たく、やわらかく、筋肉に覆われているので、普段は皮膚の上から触ってもわかりませんが、少しでも腫れてきたり、硬くなったりすると、手で触ってその存在がわかるようになります。
海藻や魚介類などに含まれているヨウ素を原料として、甲状腺ホルモンを合成しています。
日常的にヨウ素を摂取していると、常に甲状腺にヨウ素が充足した状態となり、新たに摂取したヨウ素は甲状腺に取り込まれず尿へ排出されます。
そのため、原発事故等で放射性ヨウ素の甲状腺への蓄積を防ぐために、ヨウ素剤の投与が行われたのです。
甲状腺ホルモン
サイロキシン(T4)
トリヨードサイロニン(T3)
甲状腺ホルモンにはホルモン1分子中にヨウ素原子が4つあるT4(サイロキシン)と、ヨウ素原子が3つあるT3(トリヨードサイロニン)の2種類があります。
どちらも甲状腺から血液中に分泌されますが、そのほとんどはT4(T3の約40倍の濃度)です。T3は血液中にある甲状腺ホルモン全体の2%ほどです。
甲状腺ホルモンは、細胞内の甲状腺ホルモン受容体と結合して、様々な作用を引き起こします。
この受容体との結合力はT4よりT3のほうが強力であり、甲状腺ホルモンとしての生理活性もT4よりT3のほうがはるかに強力です。
つまり甲状腺ホルモンとして主に作用を発揮するのは、活性型のT3です。
T3の大部分は、肝臓、腎臓、脂肪組織、脳のグリア細胞、骨格筋などの末梢組織で、循環しているT4からの脱ヨード化により生成されます。
甲状腺ホルモンは、各組織で脱ヨード化(ヨウ素原子を取り除くこと)によりT4→T3へ変換して、体内での生理活性レベルの調整を行う仕組みとなっています。
体内のエネルギーがたくさんある時は、T3をたくさんつくって新陳代謝を活発にして、飢餓状態などでエネルギー不足の時は、T3の供給を減らして省エネモードにします。
主な甲状腺ホルモンの働きは、心臓の心拍数や心拍出量が増やして、それぞれの臓器の機能が亢進されます。
小腸でのグルコースの吸収と、肝臓でのグリコーゲンの分解を促して、血糖値を上昇します。
肝臓における脂質の生成を促し、それにより、血液に含まれるコレステロールの濃度が低下します。
タンパク質と核酸の生成を促し、それによって体の成長と発育が促進される。
体全体の細胞や組織に作用して、物質代謝が促進されて、つくられるエネルギーの量が増加します。末梢の組織で消費される酸素の量が増え、基礎代謝が高まって体温が上がります。
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視床下部-下垂体-甲状腺軸(hypothalamic-pituitary-thyroid axis:TPT軸)
視床下部-下垂体-甲状腺軸(HPT軸)の負のフィードバック
視床下部は、甲状腺ホルモンT4およびT3の血中循環値が低く不足を感知すると、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)を放出します。TRHは下垂体を刺激し、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を分泌します。そして、TSHが甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンが分泌されます。
視床下部-下垂体-甲状腺軸(HPT軸)は、甲状腺の恒常性を維持するためのフィードバック制御をして、これによって代謝の調整やストレスへの対応が行われています。
また甲状腺ホルモンが増えすぎると、視床下部と下垂体に対して負のフィードバック制御を行い、視床下部からのTRHの放出と下垂体からのTSHの放出を抑制します。
甲状腺ホルモンは体内のほとんどの組織に作用しますので、多過ぎても少なすぎてもよくありません。
視床下部、下垂体、甲状腺の3つによって、適度な量のホルモンの生成と分泌が調整され、血液に含まれる甲状腺ホルモンの濃度が正常な状態に維持されているのです。
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うつ病の患者には、このHPT軸の異常がみられる患者が2~3割いることがわかっています。
うつ病では脳脊髄液中のTRHレベルが高く分泌過剰があり、それによって下垂体 のTRH受容体のダウンレギュレーションが生じている可能性が示唆されています。それによってTSHの分泌が低下して、甲状腺ホルモンの分泌を低下させて機能障害を起こしています。
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甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症では、血液中の甲状腺ホルモンが不足して、物質代謝や臓器機能の低下などの症状が現れます。
元気がなくなり、疲れやすくなります。寒がりになり、皮膚は乾燥してカサカサし、 声も嗄れて、便秘がちになります。
低体温で、筋肉が減って浮腫むため、体重が増えることもあります。動作は遅く、物忘れが多くなり、一日中眠くなったりします。
甲状腺機能亢進症
血液中の甲状腺ホルモンが過剰に分泌されると、体の機能が活性化しすぎて、基礎代謝率が上がります。
暑がりで汗かきになり、脈が速くなり動悸がします。眼球が突き出て、手や指が小刻みに震えます。
食欲は旺盛なのに痩せてきて、イライラし、気ばかりあせりますが、体は疲れやすく、ついて行くことができません。
低T3症候群(Low T3 Syndrome)
リバースT3(rT3)
HPT軸による血中の甲状腺ホルモン量の調整だけでなく、T4からT3への変換を調整する仕組みがあります。
体内でT4が脱ヨード化される位置が異なると、活性型のT3ではなく、不活性型のリバースT3(rT3)となります。このリバースT3は、甲状腺ホルモンとしての作用を発揮することはなく、排泄されていきます。
通常であれば、T4の約40%がT3に変換され、約20%がリバースT3に変換されています。
体が体内のエネルギーを節約しようとする時、T4からT3ではなく、非活性型であるリバースT3に変換を促します。
つまり省エネモードで甲状腺ホルモンの働きが不要な場合には、リバースT3への変換が増加します。
甲状腺ホルモンを活性化または不活性するには、チロキシン-5-デヨージナーゼ:iodothyronine deiodinase)という脱ヨード酵素です。D1・D2・D3と3つのタイプ存在します。
D1は肝臓や腎臓、甲状腺、下垂体にあり、T4→T3の変換の30%を担っています。
D2は中枢神経系、脳、下垂体、褐色脂肪細胞組織、甲状腺、骨格筋、心臓にあり、T4→T3変換の70%を担っています。
D3はT4をリバースT3に変換する不活性化酵素で、脳などにたくさん存在して、甲状腺ホルモンの作用を抑える働きをしています。
低T3症候群
血液検査でTSHやT4は正常なのに、T3だけが低値となっている場合には、体温の低下や倦怠感、脱毛など、甲状腺機能低下症の様な症状を示して、低T3症候群と呼ばれています。
低T3症候群は甲状腺機能の低下とは直接関係がなく、複数の外因的要因・慢性疾患などによる脱ヨード酵素によるT4→T3の変換減少を起こしています。
感情的、心理的、または生理学的ストレスでは、体は治癒と修復のためのエネルギーを節約する手段として、過剰なT4をリバースT3に変換します。
低T3症候群は、エネルギーを節約をしようとするホメオスタシスの働きで生じているのです。
ストレスなどによりコルチゾールの過剰分泌が起こると、T4からT3への変換が障害されることがわかっています。
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多くのうつ病および双極性障害の患者では、D1のダウンレギュレーションが引き起こされ、細胞内T3レベルの低下と血清T4レベルの増加が起こっています。またD3が活性化されて、リバースT3が上昇しています。
リバースT3への変換が高いと、海馬や扁桃体の萎縮につながり、アルツハイマー型認知症の原因になると考えられています。
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睡眠障害による成長ホルモンの分泌不足は、T4からT3の変換を減少させ、リバースT3を増加させます。つまり新陳代謝を促進する成長ホルモンは、甲状腺ホルモンを活性化しているのです。
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甲状腺ホルモンとミトコンドリア
甲状腺ホルモンは、ミトコンドリアの量と活動を増やし、エネルギー代謝を回してをエネルギー(ATP)を産生して、体内の新陳代謝を促進します。
また、褐色脂肪細胞あるいは白色脂肪細胞でのミトコンドリアの量的増加やミトコンドリア脱共役蛋白質(uncoupling protein:UCP)による熱産生を増やして、基礎代謝を上昇して恒常的な体温維持に努めています。
糖から脂肪酸への合成系の活性化、中性脂肪分解系の活性化により、ミトコンドリアでの脂肪酸β酸化の活性化を行い、エネルギー代謝全般の回転を促進します。
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また甲状腺ホルモンには、ミトコンドリアのオートファジーであるマイトファジーを促進して、ミトコンドリアの新陳代謝を促進して機能を高める働きがあります。
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ミトコンドリア機能の低下が起こると、ミトコンドリアが多く存在する臓器や器官、すなわち脳や筋肉、肝臓の機能低下を招いてしまいます。
脳や肝臓などの機能が低下すると、T4→T3の変換が障害されて、ミトコンドリアのエネルギー代謝を低下させます。
T3の活性が低下すれば、ミトコンドリア機能も低下し、ミトコンドリアの機能低下が起これば、T3の活性も低下する相互関係があります。
つまりミトコンドリアでのエネルギー産生が低下すれば、甲状腺ホルモンを不活性化して、省エネモードで飢餓状態に備えようとしています。
甲状腺ホルモンと動脈硬化
甲状腺ホルモンが低下した患者では、動脈硬化やメタボリックシンドロームのリスクが高いことがわかっています。
マクロファージは本来、体内に侵入してきた細菌などの異物を貪食して排除するだけでなく、生体内の代謝産物にも応答して炎症反応を引き起こしています。
動脈硬化病変においてもマクロファージが大きく関与しており、マクロファージが炎症性サイトカインを分泌して慢性炎症を引き起こして、動脈硬化の原因となっていきます。
甲状腺ホルモンが不足して、ミトコンドリアでのエネルギー代謝が低下し、体内の新陳代謝が低下します。体内に不要なものが増えてエントロピーが増大すると、マクロファージによる体内掃除が必要になります。それが慢性炎症を引き起こして、動脈硬化の原因や免疫力の低下を引き起こします。
T3の活性が上がると、新陳代謝が促進されると同時に、マクロファージの甲状腺ホルモン受容体に作用して、炎症性サイトカインの産生を抑制し、炎症を収束させる働きがあります。
甲状腺ホルモンの働いていないと、体内の新陳代謝が低下して、マクロファージでの転写因子の働きが活性化し続けてしまい、炎症性サイトカインの産生が遷延する慢性炎症の状態が続いてしまうのです。
また甲状腺ホルモンは、リポ蛋白を構成するアポリポ蛋白の生成とコレステロール合成酵素の活性にも関係しています。甲状腺ホルモンは、低比重リポ蛋白( LDL)、超低比重リポ蛋白(VLDL)を低下させる働きがあります。
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まとめ
甲状腺ホルモンは全身の組織の細胞に作用して、エネルギー代謝を調整して、脈拍数や体温、自律神経の働きや脳の働きなどをコントロールしています。
私たちの恒常性維持(ホメオスタシス)にとって、最も重要で要となるホルモンです。
視床下部-下垂体-甲状腺軸(HPT軸)のフィードバック制御によって、血液中の甲状腺ホルモンが一定の値になるように生成と分泌が調整されています。
甲状腺ホルモンには、T4と活性型のT3が存在します。各組織で脱ヨード化によりT4→T3へ変換して、体内での生理活性レベルの調整を行う仕組みとなっています。
脱ヨード酵素には、T4をT3へ活性化する酵素だけでなく、T4をリバースT3へ不活性化する酵素も存在して、HPT軸だけでなくT3の各細胞への供給を調整するシステムがあります。
T3の活性が低下すれば、ミトコンドリア機能も低下し、ミトコンドリア機能が低下すれば、T3の活性も低下する相互関係があります。
ストレスなどでミトコンドリアでのエネルギー産生が低下すれば、甲状腺ホルモンを不活性化して、省エネモードでエネルギーを節約しようとするホメオスタシスの働きが生じてきます。
T3活性の低下は、ミトコンドリアのエネルギー代謝を低下させ、慢性炎症を引き起こして、免疫力の低下や様々な慢性疾患の原因となっています。