「脳のリンパ系」グリンファティック系と硬膜リンパ管
リンパ系(lymphatic system)
血管とリンパ管はほぼ全身に張り巡らされており、それぞれの臓器や組織における機能に密接に関わっています。
リンパ管内皮細胞の分化は、血管の動脈と静脈への分化が起きた後に、静脈血管から分岐することで起こります。
リンパ管は主に老廃物や余剰な水分の回収や、腸管からの脂肪の吸収、免疫細胞の運搬つまり免疫反応の場として機能することが知られています。
リンパ管は間質腔から細胞外液を収集し、静脈循環に戻しています。リンパ系は体内の体液恒常性の役割を担っています。
この機能の低下が起こった場合には、リンパ浮腫(異常なむくみ)が起こったり、免疫力の低下につながります。
多くの場合、リンパ液が滞ると、炎症を併発して組織の線維化が起きて硬化します。さらにリンパ液が滞留しやすくなって、病態がどんどん悪化しやすくなります。
末梢組織の毛細リンパ管は、緩い細胞間接着で細胞間質液を取り込みやすく周囲に平滑筋細胞がありません。
集合リンパ管には静脈と同じように弁があって、平滑筋細胞が被覆して漏れない構造をとり、自律的な収縮が可能となっています。
リンパ液の流速は遅いため、弁が逆流を防ぐことで効率よくリンパ液の送液を可能にしています。
液体ファシア(血流やリンパ液)の流れ (量、速度、方向)は、細胞および臓器の形状と機能に影響を与え、固体ファシアを機械的に変換して適応させています。
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この液体ファシア(血液やリンパ液)の流体力学に影響を受けているのが、メカノセンサーチャネル「PIEZO」です。
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リンパ弁の形成とPIEZO1
Mechanically activated ion channel PIEZO1 is required for lymphatic valve formation
Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Dec 11;115(50):12817-12822. doi: 10.1073/pnas.1817070115.
ほとんどすべての細胞は何らかの機械的な力を受けて、それを電気化学(生化学)的応答に変換する、メカノトランスダクションを行っています。
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機械的な力を細胞内の生化学的シグナルに変換するためには、メカノトランスデューサーと呼ばれる「特別なタンパク質」が必要となります。
ピエゾタンパク質は、メカノセンサー(機械受容)とイオンチャネルの両方として機能するメカノセンサーチャネルと考えられています。
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PIEZO1は、流体せん断応力や膜の伸びなどの機械的力によって活性化されるメカノセンサーチャネルです。
リンパ弁は、集合リンパ管内でリンパ液の一方向の流れを確保するために不可欠な構造で、リンパ内皮細胞 (LEC)から形成されます。
LECがせん断応力にさらされると、弁形成に関与する遺伝子が上方制御されることがわかっています。
機械的の伝達は、血管・リンパ系の発達、維持、機能において重要な役割を果たしています。
PIEZO1がリンパ弁の形成に必要なメカノセンサーであり、リンパ弁の形成過程で役割を果たしています。
グリンファティック系(glymphatic system)と硬膜リンパ管
A dural lymphatic vascular system that drains brain interstitial fluid and macromolecules
J Exp Med. 2015 Jun 29;212(7):991-9. doi: 10.1084/jem.20142290.
リンパ循環は体のほとんど全体に広がり、間質からの過剰な体液や高分子の除去を促進することによって、組織の恒常性と機能維持に重要です。
脳すなわち中枢神経系には、古典的なリンパ管構造が欠けていると考えられていましたが、近年になって脳の硬膜にもリンパ管が存在することが明らかとなりました。
脳は、脳の表面にしっかりと付着している軟膜、くも膜下腔を覆う無血管のくも膜、および頭蓋骨に融合した硬膜の 3 つの層からなる髄膜内層で覆われています。
頭蓋骨から脳を取り出した後、脳実質または軟膜にはリンパ管は見られませんが、頭蓋骨の下にある硬膜には、広範なリンパ管ネットワークが観察されます。
脳はグリンファティック系に沿って、脳間質液(ISF)と脳脊髄液(CSF)の間で、液体を自由に交換できる独自の血管周囲ルートを使用しています。
硬膜リンパ管がグリンファティック系を介して、隣接するくも膜下腔および脳間質液(ISF)から脳脊髄液(CSF)を吸収して、頭蓋底の孔を介して深頚部リンパ節に輸送しています。
グリファファィック系(glymphatic system)
グリンファティック(glymphatic)という名称は、グリア(glia)とリンパ(lymph)からの造語で、グリア依存性の排泄経路のことです。
アストロサイト(中心神経系に存在するグリア細胞の一つ)の足突起は、脳脊髄の動脈・静脈・毛細血管を取り囲んでいて、血管壁とアストロサイトから伸びた足突起で、血管周囲腔と呼ばれる空間(エンドフィート)をつくっています。
アストロサイトには水輸送を担う水チャンネル(アクアポリン4)があり、これによって動脈周囲の液は脳の実質内に拡散し、さらに脳の実質内から静脈周囲へと移行して、その後リンパ管へと排泄されます。
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アルツハイマー病治療でのグリンファティック系と硬膜リンパ管
Leveraging the glymphatic and meningeal lymphatic systems as therapeutic strategies in Alzheimer’s disease: an updated overview of nonpharmacological therapies
Mol Neurodegener. 2023 Apr 20;18(1):26. doi: 10.1186/s13024-023-00618-3.
タンパク質のミスフォールディング・凝集やアミロイドβの蓄積が、アルツハイマー病など脳神経疾患の原因となっていると考えられています。
アミロイドβの排除・除去には、グリンファティック系や硬膜リンパ管が重要な役割を果たしています。
現代社会において、アルツハイマー病 を理解して治療することは、大きな課題となっています。
アミロイドβおよびタウタンパク質の仮説は、この疾患の重要な病理学的特徴をほぼ説明していますが、そのようなタンパク質が蓄積して疾患の進行を引き起こすメカニズムはまだ不明のままです。
アルツハイマー病のアミロイド仮説により抗アミロイド剤の開発が促進され 、モノクローナル抗体アデュカヌマブ・レカネマブがFDAで承認されました。
しかし、このような抗アミロイド剤による治療は、患者の認知機能の改善が限定的であり、致命的な副作用の可能性があるため疑問視されています。
したがって、病気の進行を止める効果的な治療法の開発は依然として非常に困難のままです。
アミロイドβのクリアランスシステムとして、グリンファティック系と硬膜リンパ管が注目されています。
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まとめ
リンパ管は主に老廃物や余剰な水分の回収や、腸管からの脂肪の吸収、免疫細胞の運搬つまり免疫反応の場として機能することが知られています。
リンパ管は間質腔から細胞外液を収集し、静脈循環に戻しています。リンパ系は体内の体液恒常性の役割を担っています。
脳すなわち中枢神経系には古典的なリンパ管構造が欠けていると考えられていましたが、近年になって脳の硬膜にもリンパ管が存在することが明らかとなりました。
脳はグリンファティック系に沿って、脳間質液(ISF)と脳脊髄液(CSF)の間で、液体を自由に交換できる独自の血管周囲ルートを使用しています。
硬膜リンパ管がグリンファティック系を介して、隣接するくも膜下腔および脳間質液(ISF)から脳脊髄液(CSF)を吸収して、頭蓋底の孔を介して深頚部リンパ節に輸送しています。
タンパク質のミスフォールディング・凝集やアミロイドβの蓄積が、アルツハイマー病など脳神経疾患の原因となっていると考えられています。
アミロイドβの排除・除去には、グリンファティック系や硬膜リンパ管が重要な役割を果たしています。