アルツハイマー型認知症「仮説の誤りと治療薬」アデュカヌマブとは
今現在、発売されているアルツハイマー型認知症の治療薬は、進行を遅らせることができると言われていますが、本当にそのような効果があるのでしょうか?
一度飲み始めたら、いったい何年間そのような効果が期待できるのでしょうか?
MMSEなどの認知機能スコアの点数が少し改善しても、日常生活動作の改善に結びつかない場合が多く、施設などへの入所を遅らせることができません。
代替エンドポントである認知機能スコアではなく、真のエンドポイントとして、施設入所を遅らせて自立して生活できる期間を延ばすことが重要となります。
2018年8月フランスでは、「ドネペジル」、「ガランタミン」「リバスチグミン」「メマンチン」の4薬剤を保険適用から外しましたが、日本国内では多くの認知症患者が服用し続けています。
そのような中、アミロイド仮説に基づいた、アミロイドβ抗体のアデュカヌカブが、2021年6月に米国FDAで条件付きで承認されました。
これをきっかけに、また認知症治療薬の開発承認が進みそうな流れがでてきました。
代替エンドポイント、真のエンドポイントについては、関連記事をご参照ください ↓
コリン仮説
アルツハイマー型認知症患者は、記憶に関する神経伝達物質の一種であるアセチルコリンが減少しているとの報告があり、アセチルコリンの減少により記憶が障害されるというコリン仮説が提唱されるようになりました。
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アセチルコリン
脳内では記憶や認知機能に重要な働きを担い、末梢では副交感神経を働かせて、筋肉を働かせるための神経伝達物質です。
アセチルコリンはコリンエステラーゼという酵素により分解されるので、その酵素の働きを阻害すれば、アセチルコリンは分解されずに強く働くようになります。
この仮説から開発された最初の薬が、1999年に国内で発売されたアリセプト(ドネペジル)です。
今現在も多くの認知症患者が服用している薬剤になりますが、有効性は非常に乏しいと言わざるを得ません。
根本原因にアプローチしているわけではなく、結果として起こってきたアセチルコリンの低下に対して、対症療法を行っているにすぎません。当然、アルツハイマー型認知症の進行を抑制することはできません。
またこの薬を適度に効かすことは難しく、脳内で過剰に働くと、興奮、易怒性、攻撃性といった症状が出やすくなります。不穏、不眠、幻覚、せん妄、妄想、多動といった副作用もでてきます。
それによって、認知症の周辺症状である行動・心理症状(BPSD)が悪化しやすく、日常生活を送ることがかえって困難になる場合があります。
また脳以外の場所へも影響があり、消化器系の副交感神経の過剰な働きにより、下痢や嘔吐などの症状を生じたり、循環器系の副交感神経の過剰な働きは、血圧を下げたり、徐脈性不整脈を起こします。
2011年に国内で、レミニール(ガランタミン)、イクセロンパッチ・リバスタッチパッチ(リバスチグミン貼付剤)が続いて発売されました。
承認時の臨床試験の結果では、認知機能評価はプラセボ群と比較して有意差を示しましたが、全般的臨床評価においては、プラセボ群と比較して有意差を示せず効果がありませんでした。
治療薬の選択肢を増やすという目的で承認された意図が強く、有効性に乏しいと言わざるを得ません。
グルタミン酸仮説
グルタミン酸
グルタミン酸は脳内の興奮性の神経伝達物質の1つです。
グルタミン酸の受け取り手であるNMDA(N-
グルタミン酸は、学習・記憶などの機能に大きな役割を果しています。脳内ではアミノ酸のL-グルタミンから合成されています。
γ-アミノ酪酸(gamma-Aminobutyric acid:GABA)
γ‐アミノ酪酸(GABA)は脳内の抑制性の神経伝達物質であり、海馬や小脳、大脳皮質などに多くあります。
GABAはノルアドレナリン、アドレナリンの分泌を抑制し、高まった興奮状態を鎮め、「リラックス状態」へと導く作用があります。脳内の血流を促進、酸素供給量を増やし、脳細胞の代謝機能を高めます。
脳内ではグルタミン酸から合成されています。
グルタミン酸とGABAは、それぞれ興奮性および抑制性の神経伝達物質であり、そのバランスを調整によりHPA軸の活性も調整されています。
ストレスとホルモン・HPA軸については、関連記事をご参照ください ↓
グルタミン酸はNMDA受容体に結合して受容体を活性化することで、隣の神経に情報を伝えます。この情報のやり取りが盛んに行われて、シナプスの繋がりが強固になり、記憶や学習をつくると考えられています。
NMDA受容体への刺激が強すぎる場合は、神経細胞が刺激に耐えられなくなり、細胞自体がアポトーシスすることが知られています。これはグルタミン酸の興奮毒性と呼ばれています。
これがアルツハイマー型認知症の原因になっているというのがグルタミン酸仮説です。
アポトーシスについては、関連記事をご参照ください ↓
NMDA受容体を阻害して、グルタミン酸による過剰な興奮伝達を抑制すれば、神経細胞を保護することができます。この仮説から開発された薬が、2011年に国内で発売されたメマリー(メマンチン)です。
しかし実際には、NMDA 受容体は興奮性と抑制性、両方のニューロンに存在しており、興奮系のニューロンだけでなく、抑制系のニューロンも阻害してしまいます。
抑制系のニューロンを阻害すると、ドパミンなど興奮性物質の分泌が増えて、逆に興奮して攻撃性が増強される場合があります。異常行動や幻覚・妄想などの副作用もでやすくなります。
強いストレスが長時間続くと、脳内では血流が悪くなって虚血状態になり、グルタミン酸などの興奮性の神経伝達物質がたくさん放出されます。
グルタミン酸は根本原因ではなく、結果として過剰になっているだけであり、対症療法を行っているにすぎません。当然、アルツハイマー型認知症の進行を抑制することはできません。
承認時の臨床試験の結果でも、認知機能評価はプラセボ群と比較して有意差を示したが、日常生活動作・全般的臨床評価において、プラセボ群と比較して有意差を示す効果はありませんでした。
治療薬の選択肢を増やすという目的で承認された意図が強く、有効性に乏しいと言わざるを得ません。
アミロイド仮説
脳内でアミロイドβというタンパク質が細胞の外に蓄積し、老人斑(アミロイド斑)が形成されます。アミロイドβの蓄積が神経毒性を示して、傷ついた神経細胞がアポトーシスを起こして脳が萎縮していきます。
アミロイドβの蓄積を防ぐことが、アルツハイマー型認知症の根本治療につながるというのがアミロイド仮説です。
アミロイドβは、記憶及び学習と関わるシナプス活性の調節する働きを持ち、通常は一定濃度に保たれています。代謝が正常に行われていれば、古くなれば分解され、脳脊髄液から血液の中へ出ていって排泄されます。
アミロイドβの排泄には、グリンファティック系や硬膜リンパ管が重要な役割を果たしていると考えられます。詳しく関連記事をご参照ください ↓
深い睡眠(ノンレム睡眠)とアミロイドβのクリアランスについては、関連記事をご参照ください ↓
しかし、産生と分解のバランスが崩れて、アミロイドβが過剰になると、凝集されてアミロイドβオリゴマーを形成して、神経毒性を示します。
そのためアミロイドβ分子を結合して、線維状のアミロイド線維を形成して、その毒性を緩和しています。このアミロイド線維が細胞外に蓄積したのが、老人斑(アミロイド斑)です。
細胞外に排出したアミロイド線維は組織マクロファージであるミクログリアによって貪食処理されます。
マクロファージについては、関連記事をご参照ください ↓
アミロイドβプラークによって、アストロサイトが反応性を増しグリオーシスを引き起こします。詳しくは関連記事をご参照ください ↓
アミロイドβの分解異常の要因としてインスリン抵抗性の増大があります。
インスリンは唯一、血糖値を下げることのできるホルモンであり、高血糖状態が生じると分泌が促進されます。インスリン抵抗性が増大した状態では、血糖を下げるためにより多くのインスリンが分泌されてしまいます。
インスリン抵抗性については、関連記事をご参照ください ↓
アルツハイマー病患者における脳内での内因性フルクトースの代謝については、関連記事をご参照ください ↓
インスリン分解酵素(Insulin-degrading enzyme :IDE)
インスリン分解酵素(IDE)は、インスリン代謝に関与する酵素(亜鉛金属プロテアーゼ)として発見されて、このような名称が付けられました。
しかし、インスリンだけでなく、アミロイドβ、アミリン、グルカゴンなどのポリペプリドを分解する能力が見出され、この酵素の多機能性の役割が浮かび上がっています。
分泌されたインスリンは、インスリン分解酵素(IED)によって分解されますが、IEDはアルツハイマー病の原因となるアミロイドβを分解する役割も担っています。
インスリンの分泌が多くなると、IEDがその分解のために消費されて、アミロイドβが分解されずに残ってしまい、蓄積していくと考えられています。
アミロイドβの過剰な蓄積による老人斑(アミロイド斑)形成は結果であり、アルツハイマー型認知症の根本原因ではありません。
アデュカヌマブ(Aducanumab)
2021年6月、一般名「アデュカヌマブ」、商品名「アドゥヘルム(ADUHELM)」が米食品医薬品局(FDA)で条件付きで迅速承認されました。日本国内では2020年12月に薬事申請がされていますが、まだ未承認です。
アデュカヌマブは、アミロイドβを除去するモノクローナル抗体です。
2019年3月、エーザイとバイオジェンは、アデュカヌマブの2つの第3相臨床試験EMERGE と ENGAGEの1748例(EMARGE803例、ENGAGE945例)の無益性解析から試験中止を発表しました(主要評価項目を達成する見込みがないと判断して途中で臨床試験を中止)。
ところが、追加で試験期間を終了した2066人を含む計3285例(EMERGE1638例、ENGAGE1647例)のデータを使って最終解析を行った結果、EMERGE試験では、アデュカヌマブ高用量投与群はプラセボ群に比べて臨床症状の悪化を統計学的に有意に抑制(CDR-SBによる評価で23%抑制)し、主要評価項目を達成したと発表しました。ただしもう一方のENGAGE試験では、それでも主要評価項目を達成しませんでした。
2つの第Ⅲ相試験は試験期間中に2度、より多くの患者に高用量を投与できるように、プロトコルの変更が行われました。EMERGE試験のほうがプロトコル変更の影響を強く受け、高用量投与群の比率が高まったことが、両試験の結果を分けたと主張し、米国FDAに異例の承認申請を行いました。
アデュカヌマブは、本来の試験デザインでは、有効性を示すことができず、臨床試験を途中で中止撤退しています。ところが、事後的に後付け解析して、有効性があったと主張し、異例の承認申請を行ったという経緯がある医薬品となります。
主要評価項目 CDR-SB(Clinical Dementia Rating Sum of Boxes)
記憶、見当識、判断力・問題解決、社会適応、家庭状況・興味・関心、介護状況の6項目について、評価表に基づいて「健康(CDR0点)」、「認知症疑い(CDR0.5点)」、「軽度認知症(CDR1点)」、「中等度認知症(CDR2点)」、「重度認知症(CDR3点)」の5段階に分類します。各項目 0~3 点の 6項目なので、最大18点となります。
主要評価国目を達成したEMERGE試験では、78週間でプラセボ群ではCDR-SBスコアが1.74点悪化したのに対して、アデュカヌマブ高用量群ではCDR-SBスコアが1.34点悪化して、0.4点悪化するのが抑えられた(23%抑制)という結果に、どれだけ臨床的意味があるのでしょうか?
(50週、78週と評価例数が大きく減少している点も気になります)
Biogenの公開データ より
副次評価項目として、アデュカヌマブを78週間投与した結果、アミロイドPETによる画像検査でアミロイドβプラークの減少(ENGAGE試験では59%の減少、EMERGE試験では71%の減少)を示しました。
結局、FDAは代替エンドポイントである「脳内のアミロイドβプラークの減少」を有効性として評価し、「さらに第4相試験を実施して有効性を示す」という条件付きで迅速承認しました。
しかしながら、アミロイドβプラークの減少と認知機能の改善との相関を示していません。
代替エンドポイントが、真のエンドポイントにつながらなければ意味がないのです。
アミロイドβプロトフィブリル抗体である「レカネマブ」の有効性については、関連記事をご参照ください
まとめ
アルツハイマー型認知症の治療については、仮説に基づき、単一因子を標的とした治療薬の開発が行われてきました。しかし、今現在、本当の意味での治療薬は存在しません。
アミロイド仮説による治療薬の開発の多くは、ことごとく失敗に終わりましたが、今回、アデュカヌマブがFDAで迅速承認されて物議をかもしています。
しかしながら、真のエンドポイントで有効性を示す可能性は低いと考えられます。
近年、治療薬の主流が抗体医薬品になり、タウ仮説に基づく新しい治療薬の研究開発も続けられています。
しかしながら、単一因子を原因とする仮説では、本当の原因を捉えられず、「原因と結果のすり替え」を行っているにすぎません。
アルツハイマー型認知症というのは、第3の糖尿病(脳内の糖尿病)と呼ばれる生活習慣病です。
要素還元的な単一病因論で、代替マーカーのコントロールはできても、それが真のエンドポイントにつながらなければ意味がないのです。
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