「力学と代謝」細胞外マトリックスとミトコンドリア
老化によって細胞外マトリックスの線維は硬くなります。
筋骨格の細胞外マトリックスである筋膜が硬くなると、筋肉にこわばりがでて体が硬くなります。
しかし、この力学的な変化は、物理的な力だけでなく、代謝すなわち生体内の化学反応にも大きな影響を与えています。
力学と代謝、細胞外マトリックスと細胞内小器官ミトコンドリアには「つながり」があるのです。
細胞力学と代謝酵素
Reciprocal regulation of cellular mechanics andmetabolism
Nat Metab. 2021 Apr;3(4):456-468. doi: 10.1038/s42255-021-00384-w.
細胞骨格、アクチンフィラメント、微小管、中間径フィラメントなどタンパク質の重合で構成されています。
細胞の形態を維持して、物理的な力を発生させる細胞内の線維状構造です。
細胞膜の脂質二重層ではなく、この細胞骨格の線維構造が、細胞のレオロジーを支配しています。
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「重合」と「代謝」は本質的につながっています。
タンパク質の重合はその立体構造により代謝酵素の活性を調節する役割があり、細胞骨格は、代謝酵素から進化したものと考えられます。
細胞骨格を通じて感知される外力や細胞骨格の歪みは、細胞や小器官の代謝の変化を引き起こします。
「代謝」と「力学」は本質的に絡み合っています。
多くの代謝酵素は、細胞骨格タンパク質と動的な相互作用により、その立体構造により代謝活性を制御しています。
細胞骨格タンパク質の重合変化は、特定の代謝の必要性を高める働きがあります。
細胞骨格タンパク質の重合により、細胞骨格の張力が決まります。それが代謝酵素の活性を生み出し、代謝という化学反応が起こる場をつくりだしています。
老化による細胞外マトリックスへの影響
弾性とは、加えられた荷重によって変形した後、元の構成を回復する力を表す性質のことです。
剛性とは、外力を加えて変形しようとするときに、外力に対して抵抗する性質のことです。
老化は、細胞外マトリックスの組成と構造の変化を伴い、高齢者の結合組織の力学に変化をもたらします。
加齢に伴い、細胞外マトリックスのコラーゲン線維のヒドロキシプロリン含有量が増加し、水素結合が強化されます。
終末糖化産物(AGEs)のタンパク質付加が増加して、コラーゲン線維にランダムに架橋(老化架橋)が生成します。
不適切に架橋される傾向が強くなると、まとまりがなくなっていきます。
老化した細胞外マトリックスでは、弾性の減少と剛性の増加がみられます。
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細胞外マトリックスの剛性とミトコンドリアダイナミクス
Adhesion-mediated mechanosignaling forces mitohormesis
Cell Metab. 2021 Jul 6;33(7):1322-1341.e13. doi: 10.1016/j.cmet.2021.04.017.
私たちはミトコンドリアの酸化的リン酸化(OXPHOS)によって、効率的にATPを生成することで生命を維持させています。
しかしその一方で、体内のタンパク質や脂質や核酸などを酸化する活性酸素種(ROS)を生成するリスクを負っています。常に細胞損傷を引き起こす可能性を持ち合わせています。
細胞の微小環境の物理的特性は、細胞外マトリックスによって影響を受けます。
細胞外マトリックスの物理的変化は、細胞骨格張力に影響を与え、それがミトコンドリアダイナミクスに影響を与えます。
細胞の運命は、細胞外マトリックスが握っているということになります。
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加齢や癌におけるミトコンドリア機能障害を介したROSの過剰発生というのは、細胞外マトリックスの物理的特性の変化によって引き起こされています。
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細胞外マトリックスの剛性は、細胞骨格リモデリングを誘発して、Ⅱ型ミオシンを介してアクトミオシン張力を増加させるECM接着受容体を連結します。
細胞外マトリックスの剛性は、細胞骨格張力を増加させます。
細胞骨格張力の誘発は、ミトコンドリアダイナミクスに影響を与え、ミトコンドリアの断片化が起こります。
ミトコンドリア膜電位の低下により、活性酸素種(ROS)の生成・濾出を防ぎ、マイトファジーと協調してミトコンドリアの修復に働きます。
酸化的リン酸化(OXPHOS)の抑制、解糖系の活性化によるワールブルク効果の代謝変化を起こします。
微小環境の物理的特性が、ミトコンドリアの組成、構造、機能を変化させ、ストレス適応を通じて細胞代謝を調整しているのです。
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ウイルス感染時にも、ミトコンドリアダイナミクスに影響があります。
ミトコンドリアの分裂が引き起こされて、エネルギー代謝の低下とウイルス感染した細胞のアポトーシスが抑制されます。
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まとめ
私たちの細胞の運命は、細胞外マトリックスの物理的特性が握っています。
細胞外マトリックスの物理的変化は、細胞骨格張力に影響を与え、それがミトコンドリアダイナミクスに影響を与えています。
老化や癌などの細胞外マトリックスでは、弾性の減少と剛性の増加がみられます。
細胞外マトリックスの剛性が、細胞骨格のリモデリングに影響を与え、細胞骨格タンパク質の重合による張力を誘発します。
細胞骨格タンパク質の重合により代謝酵素との相互作用が変化することで、代謝活性が動的に変化します。
「力学」と「代謝」は本質的に絡み合っています。
細胞骨格を通じて感知される外力や細胞骨格の歪みは、細胞や小器官の代謝の変化を引き起こします。
代謝という化学反応が起こる場をつくりだしているのは、細胞外マトリックスの物理的特性なのです。