「動脈硬化の真の原因」コレステロールではなく脂肪酸
動脈硬化の原因として、コレステロールが悪いというイメージを持たれている方は、いまだに多いかもしれません。
しかし近年、血液検査のLDL-C値というのは、動脈硬化の指標としては、あまり相応しくないことが指摘されるようにもなってきました。
動脈硬化は本当はどのようにして起こっているのでしょうか?いったい何が原因なのでしょうか?
脂肪酸を含む分子の極性と活性
脂肪酸は細胞内では遊離型でほとんど存在することはなく、多くはエステル体になっています。
遊離脂肪酸というのは、脱共役活性や界面活性化などの作用を有しており、細胞内にたくさんあると脂肪毒性を示すからです。
そのため遊離脂肪酸はコエンザイムAとチオエステル結合して、アシルCoA(CoA体)となります。
残った遊離脂肪酸は、脂肪酸結合タンパク質(fatty acid binding protein : FABP)と結合してトラップされています。
補酵素A(コエンザイムA:CoA)
アシルCoAから生体膜の構成成分でグリセロン脂質(リン脂質)が合成されたり、貯蔵するためのトリアシルグリセロール(中性脂肪)が合成されます。
またATPを合成する場合には、アシルCoAからβ酸化によってアセチルCoAを生成して、ミトコンドリア内でのエネルギー代謝の原料となっていきます。
脂肪酸を含む分子の極性と反応性
脂肪酸が極性を持たない脂質分子として存在する場合は、生体内の水溶性環境とは隔離されます。
貯蔵型のトリアシルグリセロール(中性脂肪)は、リパーゼによって脂肪酸が分離されるまでは、リン脂質に取り囲まれた脂肪滴として、生体反応系から隔離されているため不活性です。
一方、グリセロン脂質(リン脂質)は、脂肪酸が極性を持つ脂質分子として存在しています。
両親媒性のために、生体膜を構成して非極性分子と水の界面に存在できます。そのため極性脂質と相互作用による生体反応の活性を示します。
つまり、脂肪酸は中性脂肪よりホスファチジルコリンなどのリン脂質の成分となっている方が、生体内で活性を示して反応しやすいということです。
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食事由来の脂肪酸のリモデリング
飽和脂肪酸や不飽和脂肪酸は、コレステロールの含有とともに膜の流動性を左右して、生体膜の機能に大きな影響を与えています。
一般的に脂肪酸の炭素鎖が長くなるほど、不飽和度が低いほど、膜の流動性は低下します。
生体膜は脂質ラフトと呼ばれる流動性の低いドメインは、長鎖の飽和炭化水素鎖を持つスフィンゴ脂質とコレステロールを多く含み、タンパク質が埋め込まれて、膜を介したシグナル伝達などを行う役割があります。
逆に多価不飽和脂肪鎖を持つホスファチジルコリンが多く含まれるドメインは、無秩序的な液相で流動性の高い部分となって動的に変化しやすくなります。
膜に存在するタンパク質の機能発現のためには、膜の流動性を一定に維持する調整システムが必要であり、様々な組織の特性を維持するためには、各組織の細胞によって膜の流動性が調整されなければなりません。
リン脂質に組み込まれる脂肪酸の質は非常に重要であり、それが私たちの生命活動を支えています。
現代人の食生活は、調理油の普及によって、偏った種類の脂肪酸を大量に摂取する傾向にあります。
私たちは、摂取した不要な脂肪酸は代謝解毒して、利用可能な分子は脂肪酸の炭素鎖や不飽和度を、自らの適した脂肪酸組成にリモデリングを行う必要があります。
肝臓では食物由来の多種な脂肪酸の一時的な流入に対して、迅速に脂肪滴を形成して一時的に隔離します。
それから脂肪酸モデリングを行い血中にリポタンパク質として分泌して、他の組織の負荷がかからない組成の脂肪酸を分配する働きを担っています。
多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid: PUFA)とアルデヒドの生成
ω6のリノール酸、アラキドン酸、ω3のα-リノレン酸、EPA、DHAのような多価不飽和脂肪酸(PUFA)は、活性酸素によって酸化されて過酸化脂質を生成した後、低分子のアルデヒドを生成します。
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ヘキサナールやアクロレイン、グリオキサールやメチルグリオキサール、マロンジアルデヒド(MDA)、4-ヒドロキシ‐2‐ノネナール(4‐HNE)や4‐ヒドロキシ‐2‐ヘキサナール(4‐HHE)などのアルデヒド誘導体が生成します。
アクロレイン
マロンジアルデヒド
4-ヒドロキシ‐2‐ノネナール(4‐HNE)
アルデヒドは反応性が高く、生体内のタンパク質とすぐに反応して変性を起こします。
これらのアルデヒド誘導体は、ミトコンドリアの機能を傷害して、アポトーシスを引き起こすといわれています。
ミトコンドリアの電子伝達系の酵素であるシトクロームCオキシダーゼに結合をして、エネルギー代謝をブロックします。
これらのアルデヒド誘導体の反応性は、グルコース(ブドウ糖)の反応性よりもっと高く、強い毒性を示します。
グルコースが高濃度になると糖毒性を示す性質は、水溶液中では鎖状構造のアルデヒド型グルコースが平衡状態で存在しているからです。つまりアルデヒドの反応性によるものです。
図は 化学のグルメ より引用
グルコースによる糖毒性については、関連記事をご参照ください ↓
4-ヒドロキシ‐2‐ノネナール(4‐HNE)は、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患の病巣部で、4-HNE付加体が確認されています。
このアルデヒドが脳の神経細胞を死滅させ、海馬の萎縮を引き起こしていると考えられています。
ω6のリノール酸を多く含むサラダ油の酸化によって、発症リスクが高まることが指摘されるようになりました。
アルツハイマー型認知症については、関連記事をご参照ください ↓
しかし、ω6のPUFAだけが酸化されやすいわけではなく、ω3のDHA・EPA・α-リノレン酸も非常に酸化されやすく、過酸化脂質を生成した後、低分子アルデヒド誘導体を生成します。
体に良いと言われるDHAやEPAなどω3のPUFAは、構造的にはω6のリノール酸よりも酸化されやすい性質を持っているのです。
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動脈硬化の真のメカニズム
中性脂肪やコレステロールなどの脂質は、血液には溶けません。
そのため、血液中を流れるときは、中性脂肪やコレステロールを中心に押し込んで、周りをタンパク質やリン脂質で覆ったリポタンパク質(ミセル構造)といった塊りになり、血液に溶けやすい形にする必要があります。
一般的に動脈硬化が起きるメカニズムは、コレステロールを抹消組織に輸送する低比重リポタンパク質(LDL)が、血管内膜の隙間に入り込んで酸化され、酸化LDLに変化することが原因と考えられています。
一般的な動脈硬化のメカニズム、LDL(低比重リポタンパク質)については、関連記事をご参照ください ↓
変性したこの酸化LDL をマクロファージが貪食して掃除しようとします。
マクロファージに貪食された酸化 LDL は、ライソゾーム内で種々の酵素により分解されます。酸化 LDL 中のコレステロールエステルは酸性リパーゼの作用により加水分解されていったん遊離コレステロールとなります。
遊離コレステロールは、HDLに引き渡して細胞外に出して処理しようとしますが、多過ぎて一定量を超えてしまうと、再度コレステロールエステルへと変換され、細胞質において油滴として蓄積されていきます。
それによってマクロファージが泡沫化して、慢性炎症が引き起こされます。
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血液検査でLDLは血中コレステロール値の指標となっているため、酸化LDLもコレステロールが酸化されていると思っている方も多いのではないでしょうか?
LDLでまず酸化されるのは、コレステロールエステルのアシル基(脂肪酸鎖)や、リン脂質のアシル基(脂肪酸鎖)です。
低比重リポタンパク質(LDL)の構造
図は Bio-Science~生化学・分子生物学・栄養学などの『わかりやすい』まとめサイト より引用
LDLはリポタンパク質中にコレステロールを多く含有して、末梢組織にコレステロールを供給する役割をしていると一般的には認識されています。
しかし、その構造には、コレステロールだけでなく、コレステロールと脂肪酸がエステル結合したコレステロールエステルや、中性脂肪、リン脂質も含有しており、実はたくさん脂肪酸由来の成分があります。
酸化LDLというのは、コレステロールエステルやリン脂質のアシル基(脂肪酸部分)が、酸化されて過酸化脂質を生成していきます。
LDLが酸化されやすいかどうかを決めているのは、実は脂肪酸の質です。
LDLの中心にはコレステロールエステル、外側にはリン脂質などが存在し、これらの脂質に酸化されやすい多価不飽和脂肪酸が含まれていると、活性酸素などフリーラジカルに攻撃され、酸化の標的となります。
LDLに含まれるリノール酸などの不飽和脂肪酸が、ラジカルなどにより水素ラジカルを引き抜かれることにより酸化され共役ジエン体が形成されます。
そこに酸素が反応してヒドロキシラジカルが生成して、さらに他の不飽和脂肪酸から水素ラジカルを引き抜き、ラジカルより安定な過酸化脂質(ROOH)が生成します。
過酸化脂質(ROOH)はマロンジアルデヒド(MDA)や4-ヒドロキシ‐2‐ノネナール(4‐HNE)などのアルデヒドに分解され、最終的には非常に多くの物質が生成されます。
そしてアポタンパク質(apoB100)に多く存在するリジン残基が、これらのアルデヒドにより修飾されて、粒子全体の陰性電荷が増加してLDL受容体への親和性を失います。
こうして変性した酸化LDLは、コレステロールの末梢組織へ輸送する機能を失うのです。
つまりLDLの酸化変性とは、LDL粒子中にある不飽和脂肪酸が酸化されて過酸化脂質を生成し、それがアポタンパク質の変性も引き起こして、機能を果たせなくなってしまうことです。
そのため、マクロファージが掃除によって処理しようとしています。
リゾリン脂質
酸化されたリン脂質のアシル基(脂肪酸鎖)は、ホスホリパーゼA2によって加水分解されて、脂肪酸の酸化物とリゾリン脂質に分解されます。
生成したリゾホスファジルコリン(LPS)などのリゾリン脂質は、界面活性化作用を有して、血管内皮細胞障害を引き起こします。マクロファージの泡沫細胞の形成に関与して、動脈硬化の始まりに関わっています。
小粒子高密度LDL small dense LDL(sd-LDL)
LDLには、その粒子サイズ、密度や構造において多様性が認められています。
小粒子高密度LDL(sd-LDL)は、LDL受容体への親和性が低く、血液中に長時間停滞しやすく、血管壁内に到達しやすい性質があります。そのため酸化されやすく、動脈硬化惹起性リポタンパク質と考えられています。
中性脂肪が多すぎるとsd-LDLの増加が起こってくることがわかっています。
つまり肥満やインスリン抵抗性によって、sd-LDLが生成しやすくなって、それが酸化されることが原因で動脈硬化が起ると考えられます。
血液検査ではLDL-C 値を気にするのではなく、本当は中性脂肪やHDL-Cの値を気にしないといけないのです。
脂質メディエーター
細胞膜のリン脂質のアシル基(脂肪酸部分)は、ホスホリパーゼAという加水分解酵素によってエステル結合が加水分解されて切り離されます。
切り離された遊離脂肪酸は、生理活性物質としてそのまま作用したり、脂質代謝酵素によって様々な脂質メディエーターに変換されて、生理活性を発揮します。
脂質メディエーター
脂質には生理活性物質としての役割があり、脂質メディエーターと呼ばれています。
炎症を惹起する炎症性脂質メディエーターだけでなく、炎症を収束させて慢性化を防ぐ抗炎症脂質メディメーターの存在が明らかとなっています。
生体内では、リノール酸(ω6)からアラキドン酸(多価不飽和脂肪酸)が生合成されます。
アラキドン酸を原料にしてプロスタグランジンやロイコトリエン、トロンボキサンなど炎症性脂質メディエーター、抗炎症性脂質メディエーターであるリポキシンがつくられます。
α-リノレン酸(ω3)からエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)の多価不飽和脂肪酸が生合成されます。
またこれらを原料として、レゾルビンやプロテクチンなどの抗炎症性脂質メディエーターがつくられます。
呼吸器性疾患など慢性炎症を病態とする疾患では、この脂質メディエーターが重要な役割を担っていることがわかっています。
喘息など呼吸器性疾患の慢性炎症については、関連記事を参照ください ↓
DHA 等のω3-PUFAは、生体膜のリン脂質に恒常的に少量蓄えられ、必要時にリン脂質からホスホリパーゼA2の作用によって内因的に動員されます。
遊離されたω3-PUFAが、マクロファージの炎症反応を収束させたり、代謝を受けて抗炎症作用を有するレゾルビンやプロテクチンなどの脂質メディエーターに変換されます。
まとめ
脂質には、「エネルギー源としての脂質」だけでなく、「生体膜としての脂質」そして「シグナルとしての脂質」という側面があります。
脂肪酸は遊離型になると、そのもの自身が生理活性を示したり、代謝により様々な生理活性を持つ脂質メディエーターに変換されています。
また脂肪酸が遊離型ではなく、中性脂肪として存在する場合と、リン脂質として存在する場合では、その働きや活性に違いがでてきます。
動脈硬化の真の原因は、小粒子高密度LDL(sd-LDL)が生成して、その粒子に含まれる多価不飽和脂肪酸が酸化されて過酸化脂質ができることです。それが反応性が高い低分子アルデヒドをつくります。
この反応性が高いアルデヒドは、生体内のタンパク質と反応して変性を起こし、細胞毒性を示します。
脂質は、生体内で代謝調整されている生理活性物質であり、エネルギー源としてカロリー計算だけを考えるような物質ではありません。
調理油の普及によって、無意識に多量の脂質を摂取している現代社会においては、量だけでなく質も十分考えなければ、様々な疾患の原因となってしまいます。
脂肪酸のミトコンドリア電子伝達系での活性酸素種(ROS)発生のリスクについては、関連記事をご参照ください ↓