「酸塩基平衡」pHの恒常性維持
私たちの生命は基本的に危うい存在であり、酸素や二酸化炭素の濃度や、体液の酸度(pH)、体内温度についても、かなり狭い範囲内でしか生存できません。
体液の酸度(pH)を調整しているのが、腎臓と肺です。
ほとんどの疾患に酸塩基平衡が関係しており、酸塩基平衡の恒常性維持は非常に重要なシステムの1つと言えます。
The therapeutic importance of acid-base balance
Biochem Pharmacol. 2021 Jan;183:114278. doi: 10.1016/j.bcp.2020.114278.
酸塩基平衡とは
体内の生理学的プロセスが正常に機能するかどうかは、適切な酸塩基平衡の維持に依存しています。
1日に食事や細胞代謝で産生される酸(不揮発性酸)と、細胞呼吸でCO2として産生される酸(揮発性酸)があります。
揮発性酸は呼吸により肺から排泄され、不揮発性酸は腎臓から排泄されます。
pHの変化を少なくするため、私たちは体は緩衝系という機能を持っています。
通常の生理学的条件下で体液の酸度(pH)は 7.35 ~ 7.45の範囲にあり、弱アルカリ性に保たれています。
pH が正常範囲から逸脱すると、pH 依存性酵素および膜輸送タンパク質が適切に機能しなくなり、代謝経路に悪影響を及ぼします。
動脈のpHが7.35より低くなると、動脈血管拡張、インスリン抵抗性、免疫機能の低下、神経細胞の興奮性の低下など、様々な障害を引き起こす可能性があります。
動脈のpHが7.45 を超えると、心筋の血流低下や発作など、様々な障害を引き起こす可能性があります。
血液のpH値を厳密に制御することは必要不可欠となります。
CO2/HCO3― 緩衝システム
食事と代謝によって引き起こされる約40〜70mEq H+/日の酸負荷に対して、血液pHを維持するために恒常性維持システムが必要となります。
血中pHの調節、ひいては細胞外液組成全体の調節は、血中重炭酸濃度(HCO3-)を制御する尿路系と、二酸化炭素(CO2)分圧を制御する神経-呼吸器系の相互作用に依存しています。
腎臓はHCO3-を生成し循環系に預け、ろ過された血漿からHCO3-を循環系に戻すという役割を担っています。
肺はCO2を吐き出し、呼吸駆動は化学物質感受性の神経回路によって制御されています。
私たちの体は、開放系のCO2/HCO3-緩衝系として振る舞い、血液/細胞外pHを狭い生理的範囲に維持することができます。
CO2 + H2O ⇌ H2CO3 ⇌ HCO3- + H+
CO2とHCO3-の相互変換を表す二段階反応のうち、最初の反応は炭酸脱水酵素(CA)により触媒されない限り、非常に進みにくい反応となります。
つまり効率的な緩衝作用には、炭酸脱水酵素(CA)の存在が必要となります。
酸塩基平衡の障害
代謝性アシドーシス、代謝性アルカローシス、呼吸性アシドーシス、呼吸性アルカローシスの4つの酸塩基平衡障害があります。
代謝性は腎臓あるいは細胞での代謝機能障害で起こり、呼吸性は肺の障害で起こります。
またこれらの合併した混合性酸塩基平衡障害も存在します。
二酸化炭素分圧(pCO2)が一定であれば、細胞外のHCO3-が低下すると血液のpHは低下し、細胞外のHCO3-が上昇すると血液のpHは上昇します。
この2つのケースが、代謝性アシドーシス(MAc)、代謝性アルカローシス(MAlk)の状態を表しています。
この場合、細胞外pCO2の減少または細胞外pCO2の増加によって、pHがそれぞれ正常な生理的値へ戻ります。
HCO3-が一定であれば、細胞外pCO2が上昇すると血液pHが低下し、細胞外pCO2が低下すると血液pHが上昇します。
この2つのケースが、呼吸性アシドーシス(RAc)、呼吸性アルカローシス(RAlk)の状態を表しています。
この場合も、細胞外HCO3-の増加または減少によって、pHが正常値に戻ります。
酸塩基平衡異常になると代償が起こり、それによりpHが正常化されるようになります。
代謝性の酸塩基平衡障害があると呼吸性代償(pCO2の変化)が起こり、呼吸性の酸塩基平衡障害があると代謝性代償(HCO3-の変化)が起こってきます。
酸塩基平衡の重要性
ボーア効果
ボーア効果は、pHとpCO2がヘモグロビンの酸素運搬能力に及ぼす影響について説明しています。
ボーア効果については、関連記事をご参照ください ↓
全身の毛細血管において、代謝によって生じたCO2は赤血球に入り、炭酸脱水酵素II(CAⅡ)の作用によってHCO3ーとH+に加水分解されます。
そして生成されたHCO3-はCl-/HCO3-交換体AE1によって押し出され、赤血球の細胞内pHの低下を引き起こし、Hb-O2結合親和力を低下させてHbから組織へのO2放出を促進します。
肺毛細血管では、逆のプロセスが起こっています。CO2が排出されると赤血球の細胞内pHが上昇し、それによってHbへのO2結合が促進されます。
癌細胞の酸塩基平衡
癌細胞の急速な増殖は、酸素の存在下でも好気性代謝から嫌気性代謝に移行するワールブルク効果(好気性解糖)と関連しています。
ワールブルク効果 (Warburg effect)については、関連記事をご参照ください ↓
この状態では、細胞はグルコースの取り込み速度を上げることでATP産生を増加させ、その結果、乳酸とH+の産生を増加させます。
癌細胞は代謝速度が速いため、正常細胞よりもはるかに低い細胞内pHを持つようになります。
しかし、癌細胞は、H+の除去を促進するNBCe1、NBCn1、NHE1、H+-ATPase、MCT4などの酸分泌ABTと、CO2の除去を促進する細胞外CA(CAIX、CAXII)のアップレギュレーションによって、細胞内pHを正常に近い状態に保つことができます。
つまり急速に増殖する癌細胞内で酸塩基処理タンパク質の発現が上昇し、代謝酸の処理を助けその周辺の非癌細胞に不利な酸性の微小環境を作り出しています。
癌細胞は代償的な代謝経路の獲得すると共に、高速な代謝回転の好気性解糖を可能にするための、代償的な酸塩基平衡の調整機構も獲得しているのです。
まとめ
血液(細胞外液)の酸度(pH)は 、通常7.35 ~ 7.45 と非常に狭い範囲で恒常性が維持されています。
pHの変化を少なくするため、私たちは体は緩衝系という機能を持っています。
私たちの体は、開放系のCO2/HCO3-緩衝系として振る舞い、血液/細胞外pHを狭い生理的範囲に維持することができます。
代謝性アシドーシス、代謝性アルカローシス、呼吸性アシドーシス、呼吸性アルカローシスの4つの酸塩基平衡障害があります。代謝性は腎臓あるいは細胞での代謝機能障害で起こり、呼吸性は肺の障害で起こります。
酸塩基平衡異常になると代償が起こり、それによりpHが正常化されるようになります。
代謝性の酸塩基平衡障害があると呼吸性代償(pCO2の変化)が起こり、呼吸性の酸塩基平衡障害があると代謝性代償(HCO3-の変化)が起こってきます。
ボーア効果は、pHとpCO2がヘモグロビンの酸素運搬能力に及ぼす影響を説明しています。
癌細胞はワールブルク効果により高速な代謝回転の好気的解糖を行うことで、正常細胞よりもはるかに低い細胞内pHを持つようになります。しかし、酸塩基処理タンパク質の発現が上昇し、細胞内pHを正常に近い状態に保つことができる代償的な酸塩基平衡の調整機構も獲得しています。