生命コラム「共生という生き方」

生命コラム「共生という生き方」

 

『共生という生き方』

 

現代社会ではウィンウィン(win-win)の関係性が、お互いメリットがあって良い関係のように言われることがある。

相手から「お互いwin-winの関係でいきましょう」と言われると、なんだか違和感を覚えてしまう。

この人とは長い付き合いにはならないなと思ったりするのだ。

 

自然界では、異なる生物間でお互いが利益を与え合う協力関係のことを「相利共生」という。

栄養や防衛、居住空間といった自ら産生できないものを交換し合って、相互に利益を得ているように思える関係性だ。

細菌(バクテリア)は私たちの腸や皮膚などに住んで、居住や栄養素を受け取っている。宿主である人間は、有機物の消化を助けてもらい、ビタミンやホルモンを受け取り、病原性微生物の侵入を防ぐ保護も受けている。

細菌には人間と相利共生するものあれば、宿主を助けたり害したりしない共生の形をとるものもあるそうだが、おそらく人間側からの勝手な視点による考えだと、私は思う。

 

相利共生とは助け合いの精神による関係性ではないかと思ったりしていたが、どうもそうではないらしい。

お互いが利己的に振る舞った結果、利益を与え合う形で安定しているというのだ。

いつ崩れるかわからない緊張的な関係性を常に秘めている。

まるで人間関係と同じではないかと思ったりする。

相利共生というのは、どうやら結果として今はwin-winの関係になっているが、寄生関係、病原関係に移行する可能性が常にあるのだ。

 

私たちの体は新陳代謝を繰り返しながら置き換えられ、一定の状態が保ち続けられている。

動的に揺らぎながらバランスがとられている存在なのではないだろうか。

私たちの代謝が変化すれば、共生する細菌が変化するのも当然ではないかと思ったりする。

共生する細菌との関係性もまた、恒久的な状態が続くわけではなく、動的に変化していくものなのだろう。

宿主である人間は1対1あるいは1対多の関係性で考えようとするが、それほど単純な関係性なのだろうかと思ったりもする。

多対多の複雑系では、1対1の相利関係など、どうでもいいことではないだろうかと思う。

 

 

 

「生命のしくみ」総論

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