「糖鎖と情報システム」第三の生命鎖
糖=グルコース(ブドウ糖)というイメージが強く、私たちはついついエネルギー源と考えてしまいます。
しかし、私たちの体の中での糖は、様々な情報機能を司り、私たちの体を維持するために大きな役割を担っています。
私たちの体内の空間は、糖鎖によって満たされ、情報コミュニケーションがとられています。
糖質・脂質の生体機能への影響
私たちは、エネルギーの元となる物質を取り込み、生体内での代謝によって、生命機能を維持し活動するためのエネルギー(ATP)を獲得しています。
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特に糖質は、エネルギー源として摂取しているイメージが強く、また肥満や糖尿病など様々な生活習慣病の根源と考えられるようになっています。
脂質(脂肪)には、エネルギー源、生体膜成分、シグナル伝達という3つの大きな働きがあります。
その種類による多様性が私たちの生体機能に大きな影響を与えています。
肥満や糖尿病においては、糖質よりも脂質の質と量が大きな問題と考えられます。
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また遊離脂肪酸あるいは脂質メディエーターによるシグナル伝達により、私たちの生体機能はコントロールされています。
脂肪酸はエネルギー源かつ生理活性物質であり、油脂として大量に摂取すると健康を害する恐れがあります。
脂肪酸のシグナル伝達、脂質メディエーターについては、関連記事をご参照ください ↓
糖質は私たちにとって最も重要なエネルギー原料となりますが、それ以外にも重要な役割があります。
それが糖が鎖のように連なった構造をした糖鎖(glycan)です。
糖鎖には、エネルギー源としての「貯蔵性糖鎖」、生物の器を構築する「構造性糖鎖」、そして生体内の情報機能としての「機能性糖鎖」があります。
糖鎖を構成する単糖類
ヒトの糖タンパク質の糖鎖を主に構成するのは、グルコース・ガラクトース・マンノース・キシロース・フコース・N-アセチルグルコサミン・N-アセチルガラクトサミン・N-アセチルノイラミン酸(シアル酸)の単糖類(糖鎖栄養素)です。
図は Lecture より引用
グルコースとガラクトースの2種類は、通常の食事で十分摂取することが可能です。
しかし、残りのマンノース、キシロース、フコース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、N-アセチルノイラミン酸(シアル酸)の6種類は、自然の植物にも含まれていますが、主にグルコースを原料として肝臓で合成されています。
糖鎖の機能
グリコーゲンは、反応性の高いグルコースを一時的に貯蔵するための「貯蔵性糖鎖」です。
血中のグルコース濃度を一定範囲内に保つために、合成と分解を繰り返しています。
プロテオグリカン(ムコ多糖)は、細胞外マトリックスとして機能を発現する「構造性糖鎖」です。
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機能性糖鎖
図は Nature Careers特集記事 より引用
私たちの細胞は、脂質二重膜によって区切られた空間内で生命活動を行っており、この細胞膜の機能が私たちの生命現象を支えています。
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細胞膜の脂質ラフトは、流動性が低くタンパク質が埋め込まれており、膜を介したシグナル伝達を行う役割があります。
このタンパク質には糖鎖が結合して、糖タンパク質を形成しています。また脂質に糖鎖が結合して糖脂質を形成しています。
細胞同士や細胞と細胞外マトリックスとのつながりは糖鎖によって形成され、細胞機能を調節するための情報交換を行っています。
細胞表面の糖鎖はアンテナのような役割をして、白血球や細菌・ウイルスなどが細胞に接着する際の結合部位(リガンド)となります。
慢性関節リウマチと糖鎖
慢性関節リウマチは、自己免疫疾患の一種だと考えられています。
なぜリウマチ患者の体内では、自分の免疫グロブリン(IgG)に対して抗体(リウマチ因子)が出現し、自己を攻撃してしまうのでしょうか?
IgGは特定のアミノ酸に糖鎖が結合した糖タンパク質の一種です。
慢性関節リウマチのIgG糖鎖では、ガラクトースを欠き、N-アセチルグルコサミンを末端に持つ糖鎖の割合が、著しく増加することが発見されました。
つまり糖鎖の変異により、IgGは異物と判断されてしまい、リウマチ因子(抗体)が産生されて攻撃されてしまうのです。
ABO式の血液型
血液型のABO型の違いは、赤血球の細胞表面からでている糖鎖の違いに起因するものです。
ただし糖鎖と性格との間の関係については解明されていません。
東北大学の研究
白色脂肪細胞の糖鎖へパラン硫酸が減少すると、インスリン感受性が低下して血糖値が上がることが明らかとなりました。
糖鎖がインスリンの働きを強める働きをしているのです。
ウイルス感染と免疫での糖鎖の役割
インフルエンザウイルスと糖鎖
細菌やウイルスが感染する際、細胞表面の糖鎖を認識して細胞内に侵入します。つまり糖鎖の違いが感染しやすいかどうかに影響を与えています。
インフルエンザウイルスの膜表面からは「ヘマグルチニン」と「ノイラミニダーゼ」と呼ばれる2つの糖タンパク質が外へ突き出ています。
ヘマグルチニンは、宿主の細胞表面にある特異構造をもつシアル酸の糖鎖に結合して、ウイルスの感染を果たします。
ワクチンによって体の中にできる抗体は、このウイルス表面のヘマグルチニンと結合することで、宿主細胞へのウイルス感染を阻止しています。
インフルエンザウイルス以外にも、細胞表面にある糖鎖に結合して、宿主細胞に感染するウイルスは少なくありません。
理化学研究所の研究(新型コロナウイルス)
Elucidation of interactions regulating conformational stability and dynamics of SARS-CoV-2 S-protein
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒト細胞に侵入する際、ウイルスの表面に存在するスパイクタンパク質が、ヒト細胞表面のアンジオテンシン変換酵素II(ACE2受容体)に結合して吸着し、ウイルスが侵入して感染に至ります。
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は、ポリペプチド鎖から構成され、S1サブユニットはN末端ドメイン(NTD)、受容体結合ドメイン(RBD)に分かれ、それとS2サブユニットから構成されます。
スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)には、「ダウン型構造」と「アップ型構造」が存在し、RBDがヒト細胞表面のACE2受容体に結合して感染する際、開いた構造のアップ型構造をとることが知られています。
このスパイクタンパク質表面の多くのアミノ酸には、糖鎖が結合しています。
スパイクタンパク質の構造変化は、スパイクタンパク質表面を修飾している糖鎖が重要な役割を果たしています。
私たち宿主の細胞膜やACE2受容体には、糖鎖が結合していています。
私たちの細胞は、多様な糖鎖の組み合わせパターンにより、ウイルスの侵入を回避しようとする一方、ウイルスもまた糖鎖のパターンを利用し、宿主の免疫機能を回避して感染しようとするのです。
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のRBDのアップ型構造は、NTDの感染増強抗体によっても増強され、抗体依存性感染増強(ADE)を引き起こす懸念があります。
抗体依存性感染増強(ADE)については、関連記事をご参照ください ↓
まとめ
糖質にはエネルギー源としてのグルコースだけでなく、私たちの体内成分として重要な働きがあります。
細胞同士や細胞と細胞外マトリックスとのつながりは糖鎖によって形成され、細胞機能を調節するための情報交換が行われています。
細胞表面の糖鎖はアンテナのような役割をして、白血球や細菌・ウイルスなどが細胞に接着する際の結合部位(リガンド)となります。
糖鎖は、細胞の接着、分化・増殖、アポトーシス(細胞死)、免疫・感染、といった様々な生命現象に関与しています。
また細胞が老化してくると、細胞表面の糖鎖の種類や組み合わせパターンに変化が起こり、それが私たちの老化現象につながっていきます。
組織によって細胞の種類が異なり、糖鎖の組み合わせパターンが異なることで、さらに細胞の多様性が生み出されています。
糖鎖は、細胞の表面を覆って、細胞の特徴を現わす「細胞の顔」のような物質といえます。
私たちの細胞表面や細胞外マトリックスには、糖鎖による情報ネットワークが形成されているのです。
糖質(炭水化物)をエネルギー源としての側面だけで、過度な糖質制限を継続することには注意が必要です。