「力を感じるタンパク質」メカノセンサーチャネルPIEZO
近年、メカノバイオロジーの急速な進歩により、さまざまな生命体の機能と進化において機械力が果たす役割の理解が深まりつつあります。
さまざまな生命活動や病態に「機械的な力」が関与していることが分かってきました。
私たちの細胞は自身に加わる力や変形といった力学環境の変化に応じて、増殖や代謝といった機能を調節しており、それが恒常性維持(ホメオスタシス)につながっています。
ほとんどすべての細胞は何らかの機械的な力を受けて、それを電気化学(生化学)的応答に変換する、メカノトランスダクションを行っています。
機械的な力を細胞内の生化学的シグナルに変換するためには、メカノトランスデューサーと呼ばれる「特別なタンパク質」が必要となります。
メカノバイオロジー
メカノバイオロジーは、組織、細胞、および細胞外マトリックスによる細胞内外の物理的要因に対する感覚、伝達、および応答に焦点を当てています。
細胞レベルでは、アクチンフィラメント、微小管、および中間径フィラメントを含む細胞骨格は、さまざまな結合タンパク質を含む動的な細胞骨格構造を構成しています。
細胞内外の機械的負荷を感知・伝達して、周囲の細胞外マトリックスに機械的合図を送ります。
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細胞外マトリックスのバイオテンセグリティの張力構造によって、機械的刺激は伝達されていきます。
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細胞外の機械的シグナルは、機械的(力学的)情報を感知するメカノセンサーによって細胞に伝達され、細胞力学の変化につながります。
細胞骨格とメカノセンサーは、ウイルス感染時に重要な役割を果たしています。
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細胞の力学変化は、ミトコンドリアの代謝にも影響を与えます。
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ピエゾ タンパク質(チャネル)
The quest to decipher how the body’s cells sense touch
Nature. 2020 Jan;577(7789):158-160. doi: 10.1038/d41586-019-03955-w.
ピエゾチャネル(PIEZO1 ・PIEZO2)
ピエゾタンパク質は機械刺激を感知して細胞内シグナルへと変換させる機能を持つ膜タンパク質です。
2021年にはアーデム・パタプティアン(Ardem Patapoutian)博士はこの発見を含む一連の研究が評価され、ノーベル医学・生理学賞を受賞しました。
PIEZO1/2はメカノセンサーチャネルであり、細胞膜の張力変化に応じて開口し、細胞内に陽イオンを取り入れ、その情報を伝えます。
これにより、細胞が脱分極を起こして、刺激が脳が解読できる電気信号に変換されます。
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1つのピエゾタンパク質がメカノセンサー(機械受容)とイオン チャネルの両方として機能していると考えられています。
ピエゾチャネルは3つのプロペラの羽根のような大きな構造を持ち、これが細胞膜上の機械的な力の感知に重要と考えられています。
加えられた力によって、PIEZOは平面構造に向かってその形状を可逆的に変形できる能力があります。
細胞周囲の液体の流れ、細胞膜の一部の引っ張り、あるいは細胞膜の一部を押すことにより、PIEZOが平面構造に変形し、ピエゾチャネルの開口をもたらします。
PIEZO2は感覚神経で多く発現し、PIEZO1はリンパ管や血管の内皮細胞や赤血球に多く発現しています。
触覚ではPIEZO2が主要なメカノセンサーの1つであることがわかっています。
また感覚神経におけるPIEZO2は、固有受容感覚(身体の空間での位置や運動についての感覚)や血圧反射(血圧に応じた心拍数の制御)などにおいても主要なメカノセンサーとして働いています。
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触覚とPIEZO2
触覚は力(機械刺激)によって皮膚が変形することで生じます。
触覚センサーとして、表皮に細かく入り込む感覚神経の先端である自由神経終末がありますが、それ以外に機械受容器としてマイスナー小体、メルケル細胞、パチニ小体、ルフィニ小体があります。
各受容器の特徴が異なっており、私たちは様々な刺激に反応できるメカノセンサーを持っています。
メルケル細胞は表皮層と真皮層の境界に位置する、もっとも皮膚表面に近い機械受容器です。
メルケル細胞に神経終末が侵入して1つの複合体を形成することで機械受容器として機能しています。
メルケル細胞は触覚の中でも、何かに触れられているようなソフトな感覚を機械受容して、感覚神経に伝えています。
Merkel cells transduce and encode tactile stimuli to drive Aβ-afferent impulses
Cell. 2014 Apr 24;157(3):664-75. doi: 10.1016/j.cell.2014.02.026.
メルケル細胞の細胞膜に存在するPIEZO2チャネルが、機械刺激に対して開口して陽イオンが細胞内へ流入します。
細胞膜に脱分極性の変化が起こり電位依存性Ca2+チャネルが活性化し、遅順応型のCa2+活動電位が発生します。
メルケル細胞による機械刺激を電気シグナルへの変換して、求心性神経に遅順応1型応答を惹起して触覚に応答しています。
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まとめ
機械的な力を細胞内の生化学的シグナルに変換するためには、メカノトランスデューサーと呼ばれる「特別なタンパク質」が必要となります。
ピエゾタンパク質は、機械刺激を感知して細胞内シグナルへと変換させる機能を持つ膜タンパク質です。
ピエゾタンパク質は、メカノセンサー(機械受容)とイオンチャネルの両方として機能するメカノセンサーチャネルと考えられています。
加えられた力によって、PIEZOは平面構造に向かってその形状を可逆的に変形できる能力があります。
細胞周囲の液体の流れ、細胞膜の一部の引っ張り、あるいは細胞膜の一部を押すことにより、PIEZOが平面構造に変形し、ピエゾチャネルが開口して、細胞内に陽イオンが流入します。
細胞が脱分極を起こして、刺激が脳が解読できる電気信号に変換されます。
触覚の中でも、何かに触れられているようなソフトな感覚は、メルケル細胞のPIEZO2が機械受容して、感覚神経に伝えています。