「肥満と基礎代謝」褐色脂肪細胞とベージュ脂肪細胞
肥満は糖尿病や動脈硬化など様々な生活習慣病の原因となり、現代社会で大きな問題となっています。
コロナ禍によって在宅勤務(テレワーク)が加速し、体を動かす機会はますます減少しています。エネルギー消費が少ないライフスタイルが、定着しつつあります。
食べる量を減らすことも重要ですが、基礎代謝や熱産生が低下していると、エネルギー消費が低下して太りやすい体質になります。
脂肪細胞(組織)の種類
食事で摂取した過剰な栄養素(エネルギー源)は、糖質ではなく中性脂肪の形で貯蔵されています。
糖質(グルコース)は、私たちの生命には欠かせない重要な栄養素ですが、体内に長期間たくさん貯蔵することができないためです。
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中性脂肪を貯蔵する細胞には、いわゆる皮下脂肪や内臓脂肪などの白色脂肪細胞と、褐色脂肪細胞そしてベージュ脂肪細胞の3種類があります。
同じ脂肪細胞であるにも関わらず、これらの脂肪細胞は対照的な働きをしています。
図は 愛知県共済 インターネット公開文化講座 より
白色脂肪細胞
細胞内に栄養源として中性脂肪を貯蓄する役割をしており、体内の脂肪細胞のほとんどは白色脂肪細胞です。一般的に体重増加や肥満は、白色脂肪細胞の中性脂肪の増加が原因となっています。
また脂肪細胞は、アディポサイトカイン(生理活性物質)を分泌する内分泌臓器でもあり、肥大化して中性脂肪を貯蔵するシステムに限界がくると、インスリン抵抗性や慢性炎症など引き起こして、様々な生活習慣病の原因となります。
肥満(脂肪組織の肥大化)と、インスリン抵抗性や慢性炎症については、関連記事をご参照ください ↓
肥満やインスリン抵抗性は、sd-LDLの生成につながり、動脈硬化を起こしやすくなります。sd-LDLや動脈硬化については、関連記事をご参照ください ↓
褐色脂肪細胞
褐色脂肪細胞は、中性脂肪を分解して、熱を産生して体温の調節をする役割があります。寒冷下に対する耐性や基礎代謝を上昇させる役割を担っています。
特に寒い環境下では、交感神経の活動が高まるにつれて褐色脂肪細胞が活性化し、体温が下がりすぎないように熱を産生しています。
脂肪を燃焼して熱を産生しているのはミトコンドリアであり、褐色脂肪細胞にはこのミトコンドリアが多く存在しています。
ミトコンドリアの呼吸鎖シトクロムに含有した鉄が、褐色をしており、見た目から褐色細胞と呼ばれています。
毛細血管が多く集まり、大量の酸素や栄養素が供給されると同時に、産生した熱で温められた血液を全身に拡散しています。
熱産生に関わっているのは、ミトコンドリア内膜に存在する脱共役タンパク質 UCP-1です。
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褐色脂肪組織は、新生児や冬眠動物では特に豊富にあります。この脂肪組織があるお陰で、体の筋肉を震わせないで体内での熱を産生することができるからです。
成人では鎖骨付近や首・腋の下、脊椎周囲などに限局して存在しており、この褐色脂肪細胞の機能低下や数の減少が、肥満や糖・脂質代謝異常に影響しています。
ベージュ脂肪細胞
白色脂肪細胞の一部は、寒冷刺激どによって部分的に褐色化して、UCP-1を発現して熱を産生することが知られており、これをベージュ脂肪細胞と呼んでいます。
白色脂肪細胞をベージュ脂肪細胞に多く変換できれば、熱産生によりエネルギー消費を高めて、肥満防止に役立つと考えられます。
私たちは成人になると、褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞が減少するため、基礎代謝が落ちて太りやすくなることが知られています。
また肥満や糖尿病患者では、さらに一層、熱産生や基礎代謝が低下しており、体重の減量が難しくなっています。
熱産生と脱共役タンパク質 UCP-1(uncoupling protein-1)
私たち恒温動物は、日内変動する気温や季節変動する環境温度に対して、深部体温を制御して恒常性を維持しています。
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脂肪細胞やベージュ脂肪細胞は、寒冷環境に応じて熱を産生する特殊な脂肪細胞として、体温を維持する役割を果たしています。
しかし、それだけではなく、肥満や代謝性疾患の発症などに大きな影響を与えています。
UCP-1(uncoupling protein 1)
ミトコンドリアトランスポータータンパク質であり、ミトコンドリア内膜を横切るようにして存在し、プロトンリーク生成に働きます。そうして、酸化的リン酸化とATP合成を脱共役させます。
つまり、UCP-1 の中を H+イオンが通過することで熱が産生され、ATPを産生するかわりに、熱エネルギーを生成することができます。
このUCP-1の働きによって、エネルギー消費もされています。
体重の自律調整システム
食べ過ぎ(食物の過剰摂取)と運動不足(活動量低下)は体重増の原因になる事は当然ですが、それ以外にも影響する因子があります。
エネルギー消費 = 生命維持代謝(60%)+ 熱産生(10%)+ 身体活動(30%)
食事によって、白色脂肪組織に中性脂肪が増加すると、アディポサイトカインであるレプチンが分泌されて、脳の視床下部に作用して摂食抑制と熱産生を増大させます。
レプチンが視床下部に作用して交感神経を刺激して、ノルアドレナリンが褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞のβ3受容体に結合すると、UCP-1の生成されミトコンドリアでの熱産生が増大します。
つまり、UCP-1 の量が脂肪細胞からの熱産生量を規定しているというわけです。
太りやすい体質(肥満遺伝子)とは
褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞が、交感神経刺激を受け取るためのβ3受容体があります。
日本人の約3分の1は、このβ3受容体(ADRB3)遺伝子に遺伝変異があると言われています。この変異によって、熱産生が少なく基礎代謝が低下します。
また日本人の約16%が、脱共役タンパク質1の(UCP1)遺伝子に変異があります。この変異によっても基礎代謝が低下します。
UCP-1を誘導して、褐色脂肪脂肪やベージュ脂肪細胞による熱産生を促進するのは、交感神経刺激以外にも甲状腺ホルモンT3の活性が関係します。
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脂質シグナルによる慢性炎症と脂肪細胞のベージュ化
マクロファージは炎症応答の過程で代謝をダイナミックに変動する
マクロファージには炎症を進めるM1型と、炎症を収束するM2型という異なる機能を持つものが存在しますが、炎症過程でマクロファージ自身がその機能を変化させている可能性があります。
炎症によりマクロファージが活性化されると、マクロファージは糖を栄養源とした解糖系による代謝を行います(M1型マクロファージ)。
炎症が落ち着き収束段階に入ると、糖ではなく脂肪酸を栄養源とした代謝に切り替えることがわかりました(M2型マクロファージ)。
脂質代謝によって、不飽和脂肪酸が生合成されることで、炎症反応が収束されます。
つまり脂肪酸代謝によって生成する脂肪酸のシグナルで、炎症反応が制御されているのです。
EPA・DHAなどの不飽和脂肪酸には、抗炎症作用があることがわかっています。マクロファージの炎症反応を抑制する働きがあるからです。
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リン脂質から遊離する脂肪酸が、マクロファージの形質を制御する
The Adipocyte-Inducible Secreted Phospholipases PLA2G5 and PLA2G2E Play Distinct Roles in Obesity
肥満により肥大化した脂肪細胞から大量に放出される飽和脂肪酸(パルミチン酸など)は、脂肪組織の慢性炎症を引き起こし、M1型マクロファージを誘導します。
脂肪細胞から分泌されたホスホリパーゼA2であるPLA2G5は、血漿中の低密度リポタンパク質粒子のリン脂質から不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸など)を遊離することがわかりました。
PLA2G5の作用により遊離された不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸など)は、飽和脂肪酸(パルミチン酸など)によるM1型マクロファージの誘導に対して拮抗的に作用し、M2型マクロファージへの形質変換を促進しました。
リポタンパク質粒子のリン脂質から不飽和脂肪酸を遊離することで、脂肪組織の慢性炎症を抑制することができます。
マクロファージは白色脂肪細胞のベージュ化を促進する
白色脂肪細胞に常在するM2型マクロファージが、ホスホリパーゼA2であるPLA2G2Dを分泌して、細胞外粒子のリン脂質からオメガ3脂肪酸を遊離させます。
このオメガ3脂肪酸は、脂肪組織の慢性炎症を抑制し、オメガ3脂肪酸受容体であるGPR120を介して白色脂肪細胞のベージュ化を促進することで、ミトコンドリアでの脂肪燃焼を促進して肥満を抑える効果があります。
リン脂質から遊離する脂肪酸の種類が、慢性炎症や脂肪細胞のベージュ化の制御に大きく関与していることが示唆されます。
体内の脂肪の肥大化によるエントロピー増大に対して、掃除屋であるマクロファージが大きく関与して、炎症反応やベージュ化による脂肪燃焼により、エントロピーを下げるように働いています。
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また白色脂肪細胞のベージュ化の促進には、マクロファージだけでなく、甲状腺ホルモンT3の活性やミトコンドリアの機能が大きく関係してきます。
慢性炎症は生体内で合成される脂質メディエーター(プロスタグランジンやロイコトリエンなど)の働きだけでなく、遊離脂肪酸のシグナルによっても制御されています。
寒冷刺激感受性が高まると、脂肪酸リモデリングにより、生体膜の流動性を高める必要性がでてきます。遊離した多価不飽和脂肪酸(ω3)が、リン脂質の脂肪酸リモデリングだけでなく、脂肪細胞のベージュ化による熱産生にも寄与してる可能性があります。
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まとめ
脂肪細胞には、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞があります。白色脂肪細胞は中性脂肪を貯蔵する役割があり、褐色脂肪細胞は中性脂肪を分解して、熱産生により体温調節を行う役割があります。
白色脂肪細胞は、寒冷刺激など交感神経刺激によって、褐色脂肪細胞のように脂肪燃焼による熱産生へと性質転換(ベージュ化)され、ベージュ脂肪細胞となります。
白色脂肪細胞のベージュ化は、熱産生によりエネルギー消費を高めて、肥満防止に役立つと考えられます。
褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞では、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生を脱共役して、熱エネルギーを産生する脱共役タンパク質1(UCP-1)が生成しています。
アドレナリンβ3受容体(ADRB3)遺伝子や脱共役(UCP1)遺伝子に変異があると、熱産生が低下するため太りやすい体質となります。これらの遺伝子は肥満遺伝子とも呼ばれています。
白色脂肪細胞での脂肪の肥大化による貯蔵システムの限界は、血中に飽和脂肪酸が遊離されて、M1型マクロファージの誘導シグナルとなって、慢性炎症を引き起こします。
不飽和脂肪酸の遊離シグナルが、マクロファージのM2型への形質転換による慢性炎症の収束や、白色脂肪細胞のベージュ化に大きく関与しています。
中性脂肪によるエネルギー貯蔵システムは、脂質の量だけでなく、リン脂質・貯蔵脂肪から遊離される脂肪酸の質、あるいは食事から摂取する脂肪酸の質によって、大きな影響を受けています。
肥満防止のためには、量の制限(糖質・脂質の制限)だけでなく、糖質・脂質の質を考える必要があります。